大学院へ進学する学生が年々増加していることは大いに喜ばしい反面,私には不安でもある.欧米では学部4年と大学院2年間は教育期間である.実際に研究にタッチできるのは,その後の博士課程に進学してからである.基礎教育を十分積んでから満を持して研究に挑めるのである.
一方,日本の理工系大学院は,物理,化学,機械,電気等と学問志向の名称から,バイオ,ナノ,マイクロ,ネットワーク,宇宙,生命,環境などと研究分野名を冠した名称へと怒濤のように移行し,基礎力が曖昧の大学院生がこの狭い分野の研究に従事している.これは「大学は教育よりも研究重視!」と世に宣言しているに等しい.求人に来る企業のリクルータ泣かせの名前になっている.
私は,今の大学は産業界から20 年遅れたバブルと見ている.競争資金との名目で国から未曾有の科学研究費が溢れ出ている.この資金を獲得するため多くの大学は「我も我も」とハイテクを標榜する学科を立ち上げ,これに憧れ集まる純真無垢な学生によって辛うじて成り立っているのである.しかし,その資金もいつか底を尽き,少子化がこれに拍車をかけ,バブルが破裂するだろう.この過程で,大学は教育こそがその使命と気づき,本業に回帰する.遠回りだが,それしか道はない.
ノーベル賞を受賞した野依理化学研究所理事長は「戦後大学の付け足しだった大学院が,最終的に人材を世に送り出す高等教育機関へと変わった.しかし,欧米の大学院との差は三役と十両・幕下位の差,これが日本の研究開発力を停滞させている.問題は教員の研究重視,教育軽視これに尽きる.過度に専門化,細分化した研究をするので教育効果が全く不十分,産業界とのミスマッチに繋がっている.広く基礎を叩き込めば応用研究を主とする産業界でも通用するはずだ」と断じている.さすが,よく見ている.