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「私のドイツ博物館とは?」(TD)

・はじめに:15年ぶりの科学と技術のマスターピースの博物館再訪

ミュンヘンの「ドイツ博物館」,本来の名称「ドイツの科学と技術のマスターピース(原型)の博物館」とまで言わないと,この博物館の真の内容やイメージをとらえることは難しいかもしれません.ここは、今年で設立116年となる産業革命後の技術を集積した博物館としては世界一の場所といわれています。

 思い起こすと、筆者はちょうど20年前、たまたまミュンヘンでエレクトロニクス関係(半導体・液晶・MEMS関連)の、国際展示会に参加するためにミュンヘンに1週間の出張があったことが始まりです。たまたま一緒になった博物館マニアの先生(東北大学江刺正喜教授)の強いお勧めでドイツ博物館に訪問して、びっくり仰天し、その魅力にはまってしまったという自分史を持っています。

 そのとき(2001年4月)は1日しか割ける時間(自由訪問時間)がなく、あっという間にその後く一部を感嘆してあっという間に閉館時間になって、大変残念な思いで翌日はミュンヘン空港から帰国したのを鮮明に覚えています。その後、欧州出張のときには、ミュンヘン経由としていろいろな理由をつけて2004年に前職を退社するまでに4回ほど行きました。また自分で起業してからは実は100周年を迎えた博物館を見学したいために、大学の先生+中小企業経営者向けのフラウンフォーファー研究所巡りという企画で20名と一緒に訪問したのが2005年です。その頃がちょうど、100周年(2003年)を迎える前後にあたり、大変戦後の破壊からの総決算の時期でした。まさに、この博物館にとっても戦後の集大成と復興、さらにいろいろなお宝のオンパレードの時代だったと思います。

 これらの5回にわたる訪問では休日なども活用してミュンヘンに3か所、それ以外ではボンに先端技術を集めた博物館があるというので、そちらにも足を延ばし、結局4か所の博物館全部に10日以上は滞在した結構なマニアの時代を過ごしたことになります。実はそのときの訪問記として、現在は廃刊になっている月刊誌「BOUNDARY] (材料開発ジャーナル)に書いたものがあります(2004,3月号)。タイトルは「ドイツ博物館は巨大なおもちゃ箱ー(100年を迎えた)世界最大の技術博物館は急速に進化中ー」でした。この記事を、ことし15年ぶりに再訪したあとで読み返してみても、そのままつかえるところもあり、それらの経験や感想もとりまぜながら、後日談的にここでは紹介させていただくことにしました。

写真1.内部からみたドイツ博物館

・まずは、博物館への全体紹介と行き方を再現します

まずは名称ですが、世界中で「ドイツ博物館:Deutsches Museum」として通るので固有名詞と考えたほうがよいかもしれない.ここがすごいというか、ドイツらしいというかですが、「ドイツ博物館」だけでは,何の博物館だか不明です。まさに「日本博物館」と名前がついているようなものです。筆者も最初はそうであったのですが、「いわゆる科学と技術の博物館だよ」といわれてようやく,日本人ならば上野の国立科学博物館のイメージを持ってきたものです。(確かに、ロンドンには大英博物館がありますが、あそこは「博物館」ですので、いかに特別なものか、あるいはドイツ人の思い入れがあるか、すこしわかってくる感じになってきます。.

20年前に初めて訪問した時、まだまだ日本の科博はじめ各種科学と技術の博物館は極めてプアな状況の時でしたので、その時の印象は「まさに人類の科学と技術の遺産が「ぎっしり詰まった」博物館でした.産業革命以降のエネルギー(エンジン)機関、交通(列車、自動車、航空機、船舶)機関、それを支える材料資源(鉄、銅、セラミック)、さらに産業インフラ(道路、鉄道、橋梁)の革命などの人類の技術遺産を実物です。これほどまでにわかりやすく展示した博物館は例をみない.技術に関心をもつ人々にとっては「巨大なびっくり箱」であり,「おもちゃ箱」の空間だったのです。さかつて、書いたのは「ひとつだけアドバイス,1日で決して全部見ようと思うな! ただただ歩くだけになってしまい,疲れ果てる.最低でも3日をあててほしい.または,好きなパートに集中だ」となっていました。これは今でも同じ思いです。

写真2 イーザル川とドイツ博物館(2003)

写真3. 15年間、ほとんど外観は変化がありません!(2020)

つぎに、博物館への行き方と場所の紹介をします。場所はバイエルンの州都ミュンヘン市,目指す建物はイザール川の中洲にあり,大型時計のからくり人形で有名な市庁舎のあるマリエン広場からは15-20分ほどの徒歩距離、イザールトール(Isartor)駅からは徒歩10分となります。実は、ミュンヘン市内でも巨大な施設とはいえ、なかなか予備知識がないとわからないという地味な場所でもあります。ここでは15年前によく通ったるーとと、今回のルートの2つを紹介しましょう。

ルート1:ぶらぶらメインストリートをずっと駅から10分程度歩いていくと、川を渡ったところに,IMAXの劇場があり(じつはここも博物館の建物の一部ですが),そこを右折していくと博物館にたどりつく.全景はなかなか見えません。通常はこのルートで行くことになりますが,少々古ぼけた建物群へ入る印象もあります.じつは別の(ルート2)行き方があり,それだと博物館の全景とちゃんとした入り口が見えます.そこからは,写真のような素晴らしい博物館全体が見渡せるのであるが,それは出るときになってやっとわかります.

ルート2(今回):こちらは近道です。ミュンヘン旧市街の東側、イーザル門を出てちょっと、外れた道を直行すると、川の西対岸には欧州特許庁やドイツ特許商標庁があり川を超えると、ドイツ博物館の正門となる。欧州特許庁は欧州各国の国旗がならんでいるので、わかりやすい目印となります。すぐのイーザル川の橋のたもとには巨大なビスマルクの彫像がデンとたっているので、これもドイツらしいところでしょう。

中身のあるものは,表紙は地味!? 内部とどういう順番で見ていくか?

博物館全体の大きさにくらべてエントランスは,昔のままでかなり地味でかなり狭く,これがあの有名な大博物館?との印象は否めないのです。このあたりは15年前と全くかわっていません.実際にドイツ博物館に入場して,見学順路は特に設定されていないので,最初はとまどうかと思います.

 かつてはこの本館自体に、いろいろなものが集約展示されていて、例えば飛行機大好き人間,汽車大好き人間,船,車? エンジン? 物理? 化学? 殆どそろっていていて、まずは好きなところから見るのもひとつの方法だと思っていましたが、今回はかなり様相が変わっていました。というのは、本館だけでなく、ミュンヘン市内(郊外)の別館として、交通博物館、航空博物館がずいぶんと充実してきて、その分だけ本館にある展示が移ったのです。もちろん、その分だけ、いわゆるナノテクとか、エレクトロニクス、バイオとかの近代的というか現代的なものと、KIDS(子供重視)対応が増えているのですが、いわゆる目に見えてわかりやすいものが減っちゃった感は否めないように、変化してきているのです。

 でも、もちろん良い面もたくさんあります。まずは15年前と一番違うのが、まずは英語の表示が一般的になったことです。実は15年前は「少し残念なのは,英文の説明がない展示も多いことであるが,実物のこのような展示,または図解した原理図で問題ない場合が多い」などと書いていたのですが、やはり今回英文表示が充実(ほとんどの展示物の解説)してあると、ほんとに楽といえます。また技術の進歩をそのままとりいれたのが、インテ―ネットによる電子ガイドの存在です。かつては、そのようなものがなかったのですが、今は英語によるスポット説明を含めて可能になっています。しかしこれは、見る順番をおしえてくれるものではありません。今回は入り口のなかにはいると、館内全体を2時間で説明を受けながら廻るツアーというのがあり、それが短時間での見学にはお勧めです。ただ、我々がいったときにはドイツ語のものしかなく、(だんだん多言語化していっているので、英語のWEBサイトを見ながらでも可能、また交通博物館では英語のイヤホンガイドが無料で貸し出してくれる)、ちょっとした我慢が必要ですが、大体、ものを見ながらなので、わかるのです。

 とりあえずは、筆者は今回も、つぎのような順番をまずはお勧めしたいと思っています。この順番は,初めてこの博物館を訪れたときに経験したものであり,購入した案内ビデオでもこの順になっていまました。それは,まず「MINING:鉱山」の部分に行くことで「え? 博物館に鉱山・・・・?」.驚き空間はここから始まるのがよいようです。実はここには本物以上の鉱山があると言い切れるような展示がなされていて.入ったなら,たちどころに鉱山エンジニア感覚になるのです。そこには,実物よりすごい?岩塩採掘,石炭採掘空間もあるし,空間ディスプレイのみごとさを直感し,理解することでしょう。鉱山の博物館を超えて本物の鉱山以上の空間が,みごとに回答を与えてくれます。 そのあとは・・・自由だが,ごゆっくり何でもどうぞという具合になります。

写真4 博物館の入り口(2003)

写真5 博物館の入り口・・同じです(2020).

・ドイツ人は博物館を作るために生まれてきた?とやっぱり感じています。

 ドイツ人の発想と博物館(科学技術)への考え方に最初にふれたのは,筆者が会社に入って落ち着いた(10年目?)のことで今見直してみると、1984年初版のブルーバックス「科学博物館からの発想:学ぶ楽しさとみる喜び」です。この本の著者の佐貫亦男先生の著書は名著で(愛読者でした!)色々ありますが,ヨーロッパの道具などの工夫を,その製作した技術者の「こころ,気持ちをも汲んだ」ものして,いまでも印象に残る本が多いことを思い出しました.それまで博物館といったら(戦後の状態で食べるのがやっとという日本の状態でしょうがないところでもありましたが),ほこりをかぶった過去の壊れた骨董品に毛がはえた品物が、とりあえず物置のように展示してあるところ,という印象の筆者には,なかなかピンとこないところもありました。しかしその文章に「ドイツ人は博物館をつくるために生まれてきた民族である・・・」となると,これはもうどうなっているの?「生きているうちに一度は見てみたい」 と興味津々だったことを覚えています。

 もちろん、その後日本でも優れた科学技術の博物館が整備されてきたのですが、ともかく1980年代後半のバブル期までの日本には,ちゃんとした博物館はなかったも同然ではなかったかと思えてなりません。.この先入観があるせいか、15年前も今も、やはり実際にドイツ博物館に足を踏み込んで30分もたつと,「ドイツ人は博物館を作るために生まれてきた」という言葉は実感されていく.展示品を見ることによる「驚き」と「喜び」とともに,「なるほど・・・なるほど・・」と納得するようになっていました。

 さらに15年前は、ちょうどドイツ博物館は100周年を迎えて進化と拡大で充実していたころだったのです。なぜならば、この博物館は第二次世界大戦中に、連合軍によって徹底的に破壊されつくされたミュンヘンにあったからです。しかし「博物館を作るために生まれてきたドイツ人」としては、とにかく全力を挙げて復興させたのが、ちょうど100周年のころだったので、そのすばらしさがより印象付けられたともいえます。

しかし、いくら戦前の状態に復帰したといっても,完全に喜ぶ状況にはないところもありったようです。当時でも戦後急激に進化/拡大した科学技術の成果をいかに再建した博物館に取り入れるかが問われてきて、このため展示スペースは限られているが,ディスプレイは常に進化しているように感じていました。さらに今回は少々残念だったのは、120周年の2025年を目指して、大幅なリニューアルが行われている最中だったことと、ドイツ博物館がどんどん成長と分館を進めるなかで、分館が充実してきて、(当たり前ですが)本館部分からいわゆる見どころが減ってきた傾向があることです。

 とくに我々古い世代としては、見ごたえがある実際の自動車と航空機は完全に分離される傾向は(なんともやむをえないのはわかっていながらも)、大変残念なことでした。特に第二次大戦後、急激に進化した技術体系は、エレクトロニクスとか、ナノテクに代表されるように目に見えないものが多く、展示に工夫があってもその可視化は難しいといえます。今回の筆者の最大関心事はまさにここにあり、どうなっているのかはぜひ知りたいところでした。なかなか「博物館の展示には難しいなあ」、というのが正直な現時点の感想です。ただ、いろいろな試行錯誤は展開されており、「博物館を作るために生まれてきた」ドイツ人はどうこなしていくか?それらは本書での第三章の各論ですこし紹介したいと思っています。

(2020.6.12出川通記)

以上

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