早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
企業トップから大学に対する風当たりはいつの時代でも強いが,ゆとり教育世代が社会人となってからはことのほか厳しい.「教え方が下手,教育をないがしろ,文科省の言いなり,すぐに役に立たない」などなど.
戦時中,慶大理工の前身である藤原工業大学の初代学部長の谷村中将は,出身の軍から「すぐに役に立つ人材を出せ」と要請された際、「すぐに役に立つ人材はすぐに役に立たなくなる」とこれを諫めた.
早大でも「工を理する」を意味する理工科と命名した大隈重信は「工を基礎から磨き上げる理が大切」と喝破していた.慶大の経済も以前は「理財科」と呼ばれ、その意味も「財を理する」にある.
現在の日本の大学は文系も理系も入学時に学部・学科まで決めさせている.理工系各学科に入学した学生の8割は、なぜ自分がその学科を選択したのか説明できない.自分の人生と向き合い悩み,思索する機会がなかった高校生には無理な選択であり,大学入学後も人生と向き合う教育の機会はほとんどない.
大学の大学たる所以はこの自分を磨き上げる教養教育だったはずだ.しかし,この数十年の間に多くの教養課程が崩壊消滅し,役に立つ教育を標榜して専門大学に特化していった.青春時代に歴史・哲学・文学・芸術および数学・物理を窮めておくことは,その後の国際人としてだけでなく充実した人生を過ごすために必須である.主要大学では、この教養教育を如何に再興し発展させるかが今の最大の関心事である.
唯一理工系大学で世界に誇れる点は学部高学年からの指導教授による寺子屋教育である.問題点の発掘・課題設定・仮説・検証・考察・結論そして論文執筆・プレゼンテーション・質疑応答
そして海外での成果発表のプロセスである.
私の経験によれば,この洗礼を受けた学生は海外のPHD コースの学生とも十分渡り合える.企業トップが「すぐに役に立つ人材が育ってきた」と誤解しなければよいがと危惧している.