フォーラム記事

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2021年3月17日
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2021年2月07日
In 技術者の見たドイツ博物館
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2020年6月18日
In 技術者の見たドイツ博物館
2020.6.18作成出川 世界には多くの科学・技術博物館があります。まずは「世界3大科学技術博物館」として存在するのが、米英独の博物館で、「4大博物館」となると仏が加わるのがこれまでの一般的な評価といえます。ここでは、なぜこれらの米英独仏の博物館が評価が高いのかというのを産業革命の歴史と照らし合わせて考察してみましょう。そのなかで、本書でフォーカスしている「ドイツ博物館の位置づけ」を探っていきます。 ここでは、各国の科学技術博物館の特徴としての展示物は歴史的背景、すなわちそれぞれの国の産業革命の内容と緊密にリンクしているという仮説をたてて話を進めてみることにします。(近年は世界のものつくりの国として評価の高い「ドイツと日本」、この博物館と産業革命の歴史とその発展過程の比較を通じて我が国の技術の強みと弱みに関するヒントが得られることを最終的には期待してます)。 (1)産業革命という科学技術における歴史的背景と各国の博物館はリンクする 科学技術が大きくハイライトされるのは、いわゆる第一次の産業革命以降です。この革命は誰でも知っているように18世紀半ばから19世紀にかけて(1760年 – 1840年)欧州、特に英国で起こった一連の産業の変革のことをいいます。この中で、技術的な発明・発見、さらにその開発・産業化が大きな役割を担っています。 その大きな流れを思い出すと、まずは「第一次の産業革命」と18世紀後半から19世紀にかけて英国から始まってフランスへ展開します。この内容がワットで有名な蒸気機関の発明とまずは軽工業の発展、鉄道などのへの展開といったことになります。日本では江戸の中期から後期にかかるところとなり、杉田玄白、平賀源内などが活躍を始めるころといえます。 その最初の産業革命に出遅れたのがドイツ、米国であらゆる「第二次の産業革命」として、19世紀中ごろから19世紀末に展開します。いわゆる日本では幕末のころです。この内容としては内燃機関の発展、鉄の大量生産と加工技術の発展、自動車、航空機など機械系への展開という重要な歴史的エポックとなります。 そのあと、定説はありませんが、デジタル化を中心とした「第3次の産業革命」として、米国を中心に日本もようやく主役の仲間に加わります。そのような歴史の概略をしっておくと、それぞれの国の博物館の位置づけ、各国のもっている強みや展示物などの特徴のイメージがわいてくるかと思います。 ●第一次産業革命(1760年 –1840年)からの技術発展:英仏の科学技術博物館のルーツ イギリスで始まった第一次の産業革命は、人の手や牛馬の力でおこなっていた作業を、蒸気機関を動力として機械化することで作業能率を大幅に上昇させることに成功したものです。蒸気機関の発想や試作品は、例えばその最初の実験や特許はイギリスの海軍軍人で発明家のトマス・セイヴァリが1698年に国王の前での実験だそうです。さらに実用的にはトマス・ニューコメン(1664-1729)などによって、1712年が鉱山の排水用の蒸気機関をつくっていました。ジェームズ・ワット(1736 -1819)は、1769年に回転運動につながる高効率の蒸気機関を開発しこれがまさに産業革命のステートと目されるわけです。 まさに革命ですが、そのなかで特に重要な産業上の変革とみなされるものには、動力源の刷新による綿織物の生産革新による巨大工場の成立が挙げられます。まちた蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船や鉄道が発明されたことにより交通革命も起こったことも重要といわれています。 またこの時期に重要なのは近代産業の基幹素材として重要な鉄生産技術の大幅な進展です。鋼の工業的生産に成功したのはベンジャミン・ハンツマンというイギリスの発明家であり、18世紀に良質な鋼の生産に成功しました。19世紀になって1856年、同じくイギリスの発明家であるヘンリー・ベッセマーによって製鉄業で歴史的な革命といわれる「ベッセマー転炉」を発明し、製鉄業の革新と巨大産業化が可能になったのです。まさにそのスタートのほとんどがイギリスではじまったといえます。 フランスの産業革命はイギリスと比較すれば、技術的にも大きく遅れており1830年代から始まり、40~50年代に一定の進行をみました。さらにナポレオン3世による自由貿易への転換技術革新とエネルギーの転換、鉄道・通信網の整備などが進み、60年代にはフランス産業革命の完成期となっています。その成果を世界にアピールしたのが、1855年、1867年にも万国博覧会となります。 後述する英仏の科学技術博物館のルーツはまさにここにあるといえます。 ●第二次産業革命:年代は1865年から1900年ごろまで(19世紀後半):米独の博物館 第二次産業革命の中心は、アメリカとドイツです。英国、フランスの産業革命に後れをとった両国は、英仏とは違う形で展開していきます。 イギリスが産業革命をおこしフランスが追随しているころドイツはバラバラで、統一的な経済圏もなく産業の発達と工業化に遅れ、イギリス工業製品を輸入している農業国だったのです。しかし、プロイセン王国が1834年にドイツ関税同盟を結成してようやく工業化の端緒をつかみ、ドイツの鉄道も1835年に始まり40年代に急速に普及します。しかし綿織物などの軽工業はすでにイギリス製品に勝てないかったので、最初から製鉄、機械などの重工業に力を入れ、また鉄道や道路などのインフラ建設を国家的事業として推進しました。 このことがドイツの重工業への転換が起こり、電力を用いた工場での大量生産が可能になったほか、化学技術の革新も進みます。さらにドイツ人がガソリンやデーゼルエンジンなどの内燃機関を完成させます。蒸気機関と比べて小型化と高効率化が可能で、この技術を応用して自動車や飛行機の実用化が進みます。内燃機関では、ドイツの独壇場ですが、歴史的にはエンジンそのものは1860年、フランスのエティエンヌ・ルノワールが石炭ガスを燃焼させ内燃機関を作り出し「ガスエンジン」の特許を取ったのが1877年になります。しかしドイツ人のオットーは現在もオットーサイクルという名で呼ばれる効率的な内燃機関を作り上げて特許をとり、さらに近くで別々に研究していたベンツとダイムラーが展開していくのです。 ダイムラーは1883年ごろ改良型エンジンを完成させ木製の二輪車に載せてテスト走行を成功させます。一方、カール・ベンツがエンジン会社を1871年につくって事業を始めますが、ドイツ博物館にもあるガソリンエンジンで走る三輪自動車「パテント・モートルヴァーゲン」を作り上げ1885年に試運転に成功、1886年に特許によって、ベンツは世界初のガソリン自動車を造ったことになります。 アメリカ合衆国は、蒸気機関が実用性をもつころに、独立(1776)しますが、しばらくはイギリス経済依存体質で、綿花などの商品作物の生産輸出国で北部の一部で綿織物工業が始まった程度でした。しかし第2次独立戦争とも言われる米英戦争(1812年)によって自国の工業生産を増大させることに迫られました。またイギリス海運業に対抗するための、造船業・海運業も自前で育成し発展します。また1860年代に南北戦争が北部の勝利で終わったことにより、工業中心の国作りを目ざすことが明確となり本格的な産業革命の展開が始まります。 アメリカ合衆国は広大な国土と資源に恵まれ保護貿易主義もあって、ロックフェラーによる石油産業、カーネギーによる製鉄業など、ドイツと同じように最初から第2次産業革命(重工業中心)として始まり、19世紀末までにイギリスを追い抜いて世界第1位の工業生産力を持つようになっていたのです。フォードやGMなどの自動車企業は、材料から完成までの組み立てラインを企業内で統合し、「大量生産」を実現します。また、アメリカのエジソンは電球を改良して、電気を産業化していきます。 独米の科学技術博物館のルーツはまさにここにあるといえます。 〇参考:第三次産業革命とは 一般的に産業革命の第三段階を表現するために用いられる言葉です。米国における科学技術博物館や日本の博物館の話をするときには、必要となるので参考までにここで追加で整理しておきます。実は先立つ「(第一次)産業革命」、「第二次産業革命」と異なり、現時点で統一的な見解は得られていませんが、20世紀(1900年代))後半にコンピューターを用いて機械の自動化のことをおおまかに指しています。いわゆる半導体技術の進展とともに展開するのですが、ちょうど日本の高度経済成長期と同時期で、「デジタル革命」ともいわれています。そこではコンピューターを利用し、生産ラインを自動化;人間の知能に関連する作業を代替することができ、まさに日本のエレクトロニクス産業の発展・応用展開の時代とだぶっていて準主役の立場にもなります。 もともと、この第三次産業革命のきっかけは、冷戦が終わりアメリカの軍事技術が民間産業へ転換されたことに始まると考えられていますが、大きな流れでいうと、20世紀半ばから後半にかけての原子力エネルギーの活用やコンピュータの発達、1990年代からのコンピュータ、ICTによる生産の自動化、効率化、21世紀初頭のインターネット技術の発達と再生可能エネルギーなども含まれます。 (2)世界四大科学技術博物館(英、仏、独、米の博物館簡単な紹介) 世界の科学・技術博物館のリストとしてとドイツ博物館以外に英国の「ロンドン・サイエンス・ミュージアム(大英博物館ではありません)」と米国の「スミソニアン博物館」の3大博物館、さらにフランスの「パリ国立工芸博物館」を加えていわゆる「世界4大科学技術博物館」となります。 先ほどの産業革命の順番と年代を頭に入れておくと内容説明もわかりやすいかと思います。国別に時代とともにイギリスを皮切りに、フランス、ドイツ、アメリカの順番となるのでそのように紹介していくこととなります。 ★ロンドン・サイエンス・ミュージアム https://group.sciencemuseum.org.uk 1885年「ロンドン科学博物館」の名称を使い始めたのですが、本格的に独立したのは1909年といわれています。この博物館の中には産業革命の発祥の地にふさわしく、その原動力となった蒸気機関,汽車,織機などを中心に,また世界の海を支配した海運国としての船舶の展示が豊富です。蒸気機関についていうとまずは原型的な巨大なビー ム形蒸気機関が迎えてくれます。実は有名なワットは蒸気機関だけでなく熱効率の向上へ(遊星歯車による)回転 運動を可能にしました。この博物館には、歴史的に実用の最古の蒸気機関車の Puffing Bill号や当時、驚異的な速度:45km/hで走ったRocket号も展示してあります。船関係では大 西洋横断した最初の外輪蒸気船のGreat Eastern号の駆動機や模型がありなす。 その他は通信,冶金,農具,天文、化学,理化学,医学などなどとなっており、いわゆる科学の黎明期から産業革命の歴史そのものが展示されており、見ごたえがあります。 ・著者撮影 ★パリ国立工芸博物館 Musee (Conservatoire)des Arts et Metiers https://www.arts-et-metiers.net/ 実は科学技術博物館で設立が一番古いのは、パリの博物館です。1794年にルーブル美術館と同時につくられたのがパリ国立工芸博物館です。フランス人の化学のラボアジェが実際に使用した研究設備などのブースを設けてあります。またカルノーなど幾多の天才を輩出し18世紀においてはパ リを世界の科学の中心となっていたこともありました。例えばパスカルからクー ロン,アンペール,ボルタ ど初期の電気実験系の理化学機器の実物が多数置かれています。また世界最初の発電機など回転機の原型などなどの遺業はゴシク様式の博物館に収められています。 交通関係では自動車の元祖ともいうべき蒸気釜自動車があります。展示場の中央付近にはさすがというか、長さ・重さの国際度量衡原器関係があり、各種機械要素や応用の天文時計、自動 人形などもありますが全体的な規模ではロンドンやドイツのそれに比べると地味な展示にとどまっています。 著者撮影 ★ドイツ博物館Deutschen Museum http://www.deutsches-museum.de 産業革命に出遅れたドイツで、博物館の設立も1925年開館で遅いですが、その分第二次産業革命の成果をそのまま取り入れることができたという、ラッキーさと凄さが満ち溢れています。ドイツ博物館Deutsches Museumは、とくに機械もの、内燃機械にかかわる鉄道、車などの交通手段、鉱山・金属、重化学、電力系などの重工業化へのさまざまな道具とインフラ分野の豊富な展示物をとにかくこれだけ集め、よくも保存をしてくれていたと思う内容です。建物の案内として記入すると、地下1階、地上6階の建物となってしますが、実は地下には実物そのものと言ってもよい鉱山の坑道があり、中で人形の工夫さんが実際に働いていたり、また1階には17-9世紀の鍛冶場や鋳物工場の現場も広がり、すぐ使えるような状態です。このようにこの博物館では科学技術の結果を単なる製品の展示ではなく、生産プロセスや時代の状況の姿も浮かびあがるようにしているのは珍しいく、迫力があります。 全体に言えるのは、本当によく手入れされて動くものはちゃんと動くようになっていること、可能な限りオリジナルな装置が動く形で展示され、実演されていることに驚嘆です。この博物館の歴史自体は5-3で紹介していきますが、特に電力に関心のあるものには、ジーメンスの最初のダイ ナモ(1866年)を初め電気機器発達を物語る実物が多数見れます。また内燃機関はドイツでオ ッ トー(1877年),ダイムラー(1885年) ,ディーゼル(1897年)、ベンツなどの実物が展示してあります。 現在ドイツ博物館は、航空機関係の分館、交通(自動車、鉄道)関係の分館、最新技術の分館と3つの分館とセットとして、運営されています。 ★スミソニアン国立博物館 https://www.si.edu/museums/air-and-space-museum 1858年創立のスミソニアン国立博物館は、英国のスミソンの基金によるという歴史をもちますが、首都ワシントンの記念塔と国会議事堂との間にあるモールと呼ばれる広大土地に分散して存在します。 このうち科学技術に関係があるのは下記三つで「航空・宇宙館」、「アメリカ歴史博物館」、「美術・工芸館」です。それぞれが巨大な博物館ですが、簡単に紹介してみます。 ◆航空・宇宙館:ここは観光名所でもあるので、ほとんどの人がいきます。なんといっても米国といえばライト兄弟の国、航空機の国ですが、まさに大空の憧れから現在までの米国中心ですが世界中のあらゆる航空機の実物展示なされています。 気球からライト兄弟のFlyer号, リンドバ ー グのSpirit of St.Louis号,日本のゼロ戦、月に着陸した宇宙船アポロ11号を初め最新の戦闘機も含む300余機 が揃っています。近年、ワシントンのダラス空港のそばに、さらに巨大なスペースとして、日本の第二次世界大戦中のほぼ全部の飛行機も存在する博物館として展開をしています。 著者撮影 ◆アメリカ歴史博物館:このなかの半分は科学技術関係で、技術開発の流れがよく分かる実物や模型と詳細な解説がうりものです。乗り物は幌馬車から、最先端のレーシングカーまで運 転 可能の状態で展示してあります。動力エンジン関係も全面展開で蒸気,内燃機関,水車など、また発電機を初めエジソンの大きなブースもあります。 ◆ 美術・工芸館:アメリカ特許庁の研究機器や、器具など設立時のスミソニアン博物館に寄贈したのが収集品の始まりなのですごいです1876年のアメリカ百年記念博覧会の日本を含めた出 品物のほとんどが寄贈されたということで、百年前の世界の工業品,家庭品,衣類などにタイムスリップできます。本当に古いものはアメリカにはないのですが、逆に数百年レベルのふるさのものを大事にしているのが特徴的です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ●各国の科学技術博物館と産業革命時代の対応分類 ここで、4大博物館をベースに歴史的な産業革命などの時代の分類をおこなって、独自に整理してみます、歴史上は①いわゆる科学(古典)として物理と化学の黎明期(産業革命以前)があります。その後、②第一次産業革命(1760年 – 1840年)からの技術発展と歴史的な発明品(江戸、明治、大正)、③第二次産業革命(1865年から1900年代ごろ)で交通(鉄道、自動車)の革新と④2度のわたる大きな世界大戦を経て宇宙・航空機や、工業製品の発展があります。またその後、⑤半導体技術の進歩による情報化時代がやってきます。 表
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2020年6月14日
In 技術者の見たドイツ博物館
・はじめに:15年ぶりの科学と技術のマスターピースの博物館再訪 ミュンヘンの「ドイツ博物館」,本来の名称「ドイツの科学と技術のマスターピース(原型)の博物館」とまで言わないと,この博物館の真の内容やイメージをとらえることは難しいかもしれません.ここは、今年で設立116年となる産業革命後の技術を集積した博物館としては世界一の場所といわれています。 思い起こすと、筆者はちょうど20年前、たまたまミュンヘンでエレクトロニクス関係(半導体・液晶・MEMS関連)の、国際展示会に参加するためにミュンヘンに1週間の出張があったことが始まりです。たまたま一緒になった博物館マニアの先生(東北大学江刺正喜教授)の強いお勧めでドイツ博物館に訪問して、びっくり仰天し、その魅力にはまってしまったという自分史を持っています。 そのとき(2001年4月)は1日しか割ける時間(自由訪問時間)がなく、あっという間にその後く一部を感嘆してあっという間に閉館時間になって、大変残念な思いで翌日はミュンヘン空港から帰国したのを鮮明に覚えています。その後、欧州出張のときには、ミュンヘン経由としていろいろな理由をつけて2004年に前職を退社するまでに4回ほど行きました。また自分で起業してからは実は100周年を迎えた博物館を見学したいために、大学の先生+中小企業経営者向けのフラウンフォーファー研究所巡りという企画で20名と一緒に訪問したのが2005年です。その頃がちょうど、100周年(2003年)を迎える前後にあたり、大変戦後の破壊からの総決算の時期でした。まさに、この博物館にとっても戦後の集大成と復興、さらにいろいろなお宝のオンパレードの時代だったと思います。 これらの5回にわたる訪問では休日なども活用してミュンヘンに3か所、それ以外ではボンに先端技術を集めた博物館があるというので、そちらにも足を延ばし、結局4か所の博物館全部に10日以上は滞在した結構なマニアの時代を過ごしたことになります。実はそのときの訪問記として、現在は廃刊になっている月刊誌「BOUNDARY] (材料開発ジャーナル)に書いたものがあります(2004,3月号)。タイトルは「ドイツ博物館は巨大なおもちゃ箱ー(100年を迎えた)世界最大の技術博物館は急速に進化中ー」でした。この記事を、ことし15年ぶりに再訪したあとで読み返してみても、そのままつかえるところもあり、それらの経験や感想もとりまぜながら、後日談的にここでは紹介させていただくことにしました。 写真1.内部からみたドイツ博物館 ・まずは、博物館への全体紹介と行き方を再現します まずは名称ですが、世界中で「ドイツ博物館:Deutsches Museum」として通るので固有名詞と考えたほうがよいかもしれない.ここがすごいというか、ドイツらしいというかですが、「ドイツ博物館」だけでは,何の博物館だか不明です。まさに「日本博物館」と名前がついているようなものです。筆者も最初はそうであったのですが、「いわゆる科学と技術の博物館だよ」といわれてようやく,日本人ならば上野の国立科学博物館のイメージを持ってきたものです。(確かに、ロンドンには大英博物館がありますが、あそこは「博物館」ですので、いかに特別なものか、あるいはドイツ人の思い入れがあるか、すこしわかってくる感じになってきます。. 20年前に初めて訪問した時、まだまだ日本の科博はじめ各種科学と技術の博物館は極めてプアな状況の時でしたので、その時の印象は「まさに人類の科学と技術の遺産が「ぎっしり詰まった」博物館でした.産業革命以降のエネルギー(エンジン)機関、交通(列車、自動車、航空機、船舶)機関、それを支える材料資源(鉄、銅、セラミック)、さらに産業インフラ(道路、鉄道、橋梁)の革命などの人類の技術遺産を実物です。これほどまでにわかりやすく展示した博物館は例をみない.技術に関心をもつ人々にとっては「巨大なびっくり箱」であり,「おもちゃ箱」の空間だったのです。さかつて、書いたのは「ひとつだけアドバイス,1日で決して全部見ようと思うな! ただただ歩くだけになってしまい,疲れ果てる.最低でも3日をあててほしい.または,好きなパートに集中だ」となっていました。これは今でも同じ思いです。 写真2 イーザル川とドイツ博物館(2003) 写真3. 15年間、ほとんど外観は変化がありません!(2020) つぎに、博物館への行き方と場所の紹介をします。場所はバイエルンの州都ミュンヘン市,目指す建物はイザール川の中洲にあり,大型時計のからくり人形で有名な市庁舎のあるマリエン広場からは15-20分ほどの徒歩距離、イザールトール(Isartor)駅からは徒歩10分となります。実は、ミュンヘン市内でも巨大な施設とはいえ、なかなか予備知識がないとわからないという地味な場所でもあります。ここでは15年前によく通ったるーとと、今回のルートの2つを紹介しましょう。 ルート1:ぶらぶらメインストリートをずっと駅から10分程度歩いていくと、川を渡ったところに,IMAXの劇場があり(じつはここも博物館の建物の一部ですが),そこを右折していくと博物館にたどりつく.全景はなかなか見えません。通常はこのルートで行くことになりますが,少々古ぼけた建物群へ入る印象もあります.じつは別の(ルート2)行き方があり,それだと博物館の全景とちゃんとした入り口が見えます.そこからは,写真のような素晴らしい博物館全体が見渡せるのであるが,それは出るときになってやっとわかります. ルート2(今回):こちらは近道です。ミュンヘン旧市街の東側、イーザル門を出てちょっと、外れた道を直行すると、川の西対岸には欧州特許庁やドイツ特許商標庁があり川を超えると、ドイツ博物館の正門となる。欧州特許庁は欧州各国の国旗がならんでいるので、わかりやすい目印となります。すぐのイーザル川の橋のたもとには巨大なビスマルクの彫像がデンとたっているので、これもドイツらしいところでしょう。 ・中身のあるものは,表紙は地味!? 内部とどういう順番で見ていくか? 博物館全体の大きさにくらべてエントランスは,昔のままでかなり地味でかなり狭く,これがあの有名な大博物館?との印象は否めないのです。このあたりは15年前と全くかわっていません.実際にドイツ博物館に入場して,見学順路は特に設定されていないので,最初はとまどうかと思います. かつてはこの本館自体に、いろいろなものが集約展示されていて、例えば飛行機大好き人間,汽車大好き人間,船,車? エンジン? 物理? 化学? 殆どそろっていていて、まずは好きなところから見るのもひとつの方法だと思っていましたが、今回はかなり様相が変わっていました。というのは、本館だけでなく、ミュンヘン市内(郊外)の別館として、交通博物館、航空博物館がずいぶんと充実してきて、その分だけ本館にある展示が移ったのです。もちろん、その分だけ、いわゆるナノテクとか、エレクトロニクス、バイオとかの近代的というか現代的なものと、KIDS(子供重視)対応が増えているのですが、いわゆる目に見えてわかりやすいものが減っちゃった感は否めないように、変化してきているのです。 でも、もちろん良い面もたくさんあります。まずは15年前と一番違うのが、まずは英語の表示が一般的になったことです。実は15年前は「少し残念なのは,英文の説明がない展示も多いことであるが,実物のこのような展示,または図解した原理図で問題ない場合が多い」などと書いていたのですが、やはり今回英文表示が充実(ほとんどの展示物の解説)してあると、ほんとに楽といえます。また技術の進歩をそのままとりいれたのが、インテ―ネットによる電子ガイドの存在です。かつては、そのようなものがなかったのですが、今は英語によるスポット説明を含めて可能になっています。しかしこれは、見る順番をおしえてくれるものではありません。今回は入り口のなかにはいると、館内全体を2時間で説明を受けながら廻るツアーというのがあり、それが短時間での見学にはお勧めです。ただ、我々がいったときにはドイツ語のものしかなく、(だんだん多言語化していっているので、英語のWEBサイトを見ながらでも可能、また交通博物館では英語のイヤホンガイドが無料で貸し出してくれる)、ちょっとした我慢が必要ですが、大体、ものを見ながらなので、わかるのです。 とりあえずは、筆者は今回も、つぎのような順番をまずはお勧めしたいと思っています。この順番は,初めてこの博物館を訪れたときに経験したものであり,購入した案内ビデオでもこの順になっていまました。それは,まず「MINING:鉱山」の部分に行くことで「え? 博物館に鉱山・・・・?」.驚き空間はここから始まるのがよいようです。実はここには本物以上の鉱山があると言い切れるような展示がなされていて.入ったなら,たちどころに鉱山エンジニア感覚になるのです。そこには,実物よりすごい?岩塩採掘,石炭採掘空間もあるし,空間ディスプレイのみごとさを直感し,理解することでしょう。鉱山の博物館を超えて本物の鉱山以上の空間が,みごとに回答を与えてくれます。 そのあとは・・・自由だが,ごゆっくり何でもどうぞという具合になります。 写真4 博物館の入り口(2003) 写真5 博物館の入り口・・同じです(2020). ・ドイツ人は博物館を作るために生まれてきた?とやっぱり感じています。 ドイツ人の発想と博物館(科学技術)への考え方に最初にふれたのは,筆者が会社に入って落ち着いた(10年目?)のことで今見直してみると、1984年初版のブルーバックス「科学博物館からの発想:学ぶ楽しさとみる喜び」です。この本の著者の佐貫亦男先生の著書は名著で(愛読者でした!)色々ありますが,ヨーロッパの道具などの工夫を,その製作した技術者の「こころ,気持ちをも汲んだ」ものして,いまでも印象に残る本が多いことを思い出しました.それまで博物館といったら(戦後の状態で食べるのがやっとという日本の状態でしょうがないところでもありましたが),ほこりをかぶった過去の壊れた骨董品に毛がはえた品物が、とりあえず物置のように展示してあるところ,という印象の筆者には,なかなかピンとこないところもありました。しかしその文章に「ドイツ人は博物館をつくるために生まれてきた民族である・・・」となると,これはもうどうなっているの?「生きているうちに一度は見てみたい」 と興味津々だったことを覚えています。 もちろん、その後日本でも優れた科学技術の博物館が整備されてきたのですが、ともかく1980年代後半のバブル期までの日本には,ちゃんとした博物館はなかったも同然ではなかったかと思えてなりません。.この先入観があるせいか、15年前も今も、やはり実際にドイツ博物館に足を踏み込んで30分もたつと,「ドイツ人は博物館を作るために生まれてきた」という言葉は実感されていく.展示品を見ることによる「驚き」と「喜び」とともに,「なるほど・・・なるほど・・」と納得するようになっていました。 さらに15年前は、ちょうどドイツ博物館は100周年を迎えて進化と拡大で充実していたころだったのです。なぜならば、この博物館は第二次世界大戦中に、連合軍によって徹底的に破壊されつくされたミュンヘンにあったからです。しかし「博物館を作るために生まれてきたドイツ人」としては、とにかく全力を挙げて復興させたのが、ちょうど100周年のころだったので、そのすばらしさがより印象付けられたともいえます。 しかし、いくら戦前の状態に復帰したといっても,完全に喜ぶ状況にはないところもありったようです。当時でも戦後急激に進化/拡大した科学技術の成果をいかに再建した博物館に取り入れるかが問われてきて、このため展示スペースは限られているが,ディスプレイは常に進化しているように感じていました。さらに今回は少々残念だったのは、120周年の2025年を目指して、大幅なリニューアルが行われている最中だったことと、ドイツ博物館がどんどん成長と分館を進めるなかで、分館が充実してきて、(当たり前ですが)本館部分からいわゆる見どころが減ってきた傾向があることです。 とくに我々古い世代としては、見ごたえがある実際の自動車と航空機は完全に分離される傾向は(なんともやむをえないのはわかっていながらも)、大変残念なことでした。特に第二次大戦後、急激に進化した技術体系は、エレクトロニクスとか、ナノテクに代表されるように目に見えないものが多く、展示に工夫があってもその可視化は難しいといえます。今回の筆者の最大関心事はまさにここにあり、どうなっているのかはぜひ知りたいところでした。なかなか「博物館の展示には難しいなあ」、というのが正直な現時点の感想です。ただ、いろいろな試行錯誤は展開されており、「博物館を作るために生まれてきた」ドイツ人はどうこなしていくか?それらは本書での第三章の各論ですこし紹介したいと思っています。 (2020.6.12記) 以上
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