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フォーラム記事

中條屋真
2020年11月22日
In 日本のものづくりは大丈夫か
敗戦のどん底にあって、その責任と力量を発揮した吉田茂首相を得たことが、 その後の日本の発展に大きな救いをもたらした。彼は肝の据わり方が、戦前のリーダー と異なり、他人にどう思われようと自分は自分、強烈な個をもった為政者であった。 初対面のGHQマッカーサー元帥に静かに語った。「減衰、GHQとはどういう意味 ですか?」。元帥はいやな顔をしながら「ジェネラル・ヘッド・クオーター」と 答えると、吉田は「ああそうでしたか。私はゴー・ホーム・クイックリーと思って いました」と、真を突いて笑わせざるを得ない教養あるユーモアで返している。 その場の緊張した雰囲気が、一挙に打ち解けたことであろう。 (1)戦後とものづくり産業の復活 (3)自由主義経済を貫いた日向方齊 (4)新日鐵による宝山製鉄所建設の技術協力 (5)自動織機から自動車に転身した豊田喜一郎 (6)2輪から4輪自動車への本田宗一郎の思い (7)期待された航空機産業発展への挫折
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
私の初孫が今日生まれた.さっそく病院にお見舞いに行く.猿のような 赤ちゃんをイメージしていたが,意外と目元がすっきりの端正な女の子. 早速抱かせてもらったがじっとしていることがなく「もよもよ」とした 動きが手に伝わる.私は男の子2人の経験しかないので,もよもよと ソフトな感触は新鮮である.66 才で爺になるのだから,孫が成人式を 迎える頃は 86 才,結婚する年齢では90才を超えてしまう.私の息子は 35才で生まれたので,当時としてはやや遅い方である.これから孫が 加わった浅川家族がどのような展開をするかわからないが,浅川家を 中心には回らないだろう.私も娘が欲しかったが事情が許さず2人の 息子だけとなった.母親となると子供ができた段階で実家の磁力に吸引 されてしまう.それを私の経験でも明らかだ.孫も母親の表情から 安らぎは母親の実家方にあると本能的に察知するだろう. そのためには 我々夫婦が孫に魅力ある爺・婆にならなければならない.爺のところに 行けば好奇心を満たしてくれる,婆のところに行けば安心感がある. そんな方向を描き始めている.いずれにしても人間は将来を考えながら 人生設計をしているとは到底思えない.「早く結婚して老後を楽に 暮らせ」と若者に説いても,30 代以前の結婚はまれである.多くの人が 60 才過ぎても息子や娘(孫ではなく)の教育や結婚費用の工面で汲々と する人生を送ることになる. その後,息子の嫁さんからの便りがあった.“お父さん、お母さん こんばんは。今日で娘が生まれて 10 日が経ちました。毎日、ねんね・ おっぱい・おしめの繰り返しですが、出生時より体がしっかりしてきた ような気がします。おっぱいも「あー」「うー」と声を出しながらいい 「飲みっぷり」になってきました。恒例の目白での1月2日の新年会には 残念ながら参加できませんが娘がもう少し大きくなりましたらまたお邪魔 させてください。それでは良いお年をお迎えください” 母親になってゆく ほのぼのとした情景が浮かんでくる.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
基礎をしっかり学び核心をつかめ:若いときに「邪道なことはするな.本道の 技術でやれ」と毎日厳しく叱責されことは今では大変感謝している. 基礎本や文献を参照しない若いエンジニアには,基礎や常識を技術に生かし 切れていない事例が多い.同時に技術の核心をつかむ訓練を積むことが大切で ある.例えば材料力学は簡単明快な見通しを与えてくれる.大学機械系学科で 材料力学が必須科目になっている所以もここにある.技術満足度の高い革新 技術に足下をすくわれるな:若いエンジニアが「革新技術」にあこがれる気持ち はわかるが,慎重さも必要である.革新技術にのめり込んだばかりに,一生を 棒に振った仲間を多く見てきた.ロータリエンジンと既存のレシプロエンジン, ストリップキャスターと既存の連続鋳造,最近ではリニア新幹線と既存の新幹線, 電気自動車と既存エンジンの自動車など枚挙にいとまがない.革新技術は既存 技術の進歩に追い抜かれることがしばしばあるからだ.革新技術に飛び込む前に 既存技術の可能性を冷静に吟味してからでも決して遅くはない. 仕事とは決める,実行する,価値を生み出すこと:仕事場では実験し,資料を 書き,手配する,すなわち作業するところであり,「考える」場では無い. 考えるだけで作業に結びつかないのは,弾性域を行ったり来たりするようなもの であり,世間ではこれを「遊び」と評価する. 自分の手に余る問題は他人を巻き込め:仕事は入学試験や定期試験ではない. すなわち時間はたくさんある,他人と相談しても良い,解は一つではない. 大学・学会・社内の人脈を常日頃大切にし,ヒントを与えてくれる社会環境作りも 本人の実力の一つである.現場に宝物がある:現場には泥をかぶり,少し泥の 剥げたところが輝いている,ダイヤか石ころか見分けが付かない宝物が埋まっている. それを嗅ぎつけ,発掘し技術課題にまで設定するのが技術者の醍醐味である. 事務所やパソコンの中に宝物はない.現場へ頻繁に出ているか? 現場で鍛えられて いるか?部下は叱って育てよ:褒められながら育った部下は修羅場にはめっきり弱い. 最近の管理者はあまり叱ることをしない.これではますます柔なエンジニアとなって しまう.叱れないリーダーは自分に叱る自信がないからでもある.しかしリーダーは 自分の自信に関係なく,その役職としての立場が叱るのだと理解して欲しい.叱って 叩いて育てよ.ただしそのフォローやアフターケアも抜かりなく.会社はいつでも 辞められる,はやまるな:会社は 5 年もすると自分の意思で仕事がまわり,周囲から も頼られるようになるものだ.しかしそれまでの3日,3月,3年・・・やめたくな る時期が必ず誰にでもある.「会社はいつでも辞められる・はやまるな!」と 喚起せよ.部下は引き留められることも期待している.畏友古堅氏のコメントにも お礼したい.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
最近の若いエンジニアと接してみて一抹の不安を感じることがある. その一つに自分の考えを自ら発信することに躊躇していことがある. 特に上司や年配者との対話・ディベートが苦手である.根本原因は 小中高時代に目立つことを極端に避ける長年の子育て・教育の結果 であろう.以下このような若いエンジニアに筆者の体験から応援の メッセージを送りたい. エンジニアは,世界のトップを目指すことができる:カルマン渦や 圧延理論で先駆的研究をしたフォン・カルマンは「科学者は存在する 世界を発見し,技術者は全く存在していなかった世界を創り出す」 と名言を残している.物理や化学などの発見研究は才能と運が大きく 作用し極めて到達度が難しい.基礎科学の分野とは違い,産業界の 個々の特定の部門で専門に取り組んでいる技術者は,そこで真剣に 勉強し努力すれば,今まで無かった「もの」,「プロセス」を創り 出すことは決して難しくない.例えば,「圧延」の「棒線」における 「材質制御」まで焦点を絞るならその分野の専門家や世界のトップに なることは可能である.工学系のエンジニアは理学系や文系に比較 して,こつこつ積み上げれば自己実現ができる恵まれた環境にあると 前向きに考えることである. 成功を導く鍵は思いと執着心:「思い と執着心」の強さにより成功か 失敗かが決まるといっても差し支えない.一日考えてダメなら一週間, それでダメなら一ヶ月考える習慣を付ければ,その先に解決の道筋が 必ず見えてくる.要は「頭が割れるほど考えたか」にある. たとえ時間的には切れ切れでも思考や想いに執着することは良い仕事を するエンジニアの共通点である.好奇心や思いを持続させること, 「思いと執着心」 を失ったとき仕事は失敗し幕は閉じる.実験的事実 に基礎をおき,人のつくった権威や独断には従わない:これは1660年に 設立された英国王立協会(Royal Society,London)の標語である. 資料やレポートに他人の成果を取り込む場合は,自分自身でその内容を 十分に納得してからにしよう.上司の言葉よりも自分で採取した実験 事実を大切にしよう.若い時代は生意気ぐらいがちょうどいい. 筆者の大学生がプレゼンテーションで気軽に「CO2 による温暖化問題の 解決のために・・・」との枕詞を使うときは,「君が納得する CO2 に よる温暖化を示すデータを示して欲しい!」と迫ることにしている. なぜ今までの日本を支えてきた「省エネルギー」,「省資源」の指標 ではいけないのか? 地球温暖化,低炭素社会を声高に叫ぶさいは, この王立協会の標語をよく噛みしめてほしいと思っている.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
浅川研究室での教育の状態を紹介したい.筆者の学科では学部3年生から 研究室に配属される制度になっている.研究室ではゼミの他,3年生に 夏期実験も課している.いわば「ミニ卒論」である 2).夏期実験は6月の 終わりから7月のはじめに計画発表,機械実験室・工作室に通い7月末の 中間発表,そして短い盆休み後,9月末,軽井沢のセミナーハウスの最終 発表会で締めくくる.3年生の3ヶ月間の成果を叱咤激励するために卒業生 も駆けつけ,鋭い質問を投げかける.本人には厳しい夏であるが,その学習 効果は計り知れない.私から見ても大学生というよりも高校生のようなあど けない顔が一皮むけ,徐々に逞しいエンジニアの面構えになって行くのが わかる.卒業生のほとんどは「未見の我(自分の力を知らないのは他ならぬ 自分)」を体験した夏期実験を自分の原点として懐かしむ. 筆者の研究内容は生産・加工技術,機械構造用・機能性材料,塑性加工, 弾塑性力学,材料力学,数値シュミュレーションなど力学と材料学をベース として,自動車,鉄道,航空宇宙,電子電気機器,産業機械を構成する重要 機械部材の力学的・材料学的に最適な生産・加工プロセスを究明することに より,部材の高機能化,高強度化,高精度化を推進し,ほとんどのテーマが 企業や公的研究機関との共同あるいは受託研究となっている.卒・修論発表 後は企業や公的研究機関の研究者・エンジニアと発表・討論会で締めくくる. 会社幹部および数十人のベテラン技術者の前で発表するさいには厳しい質疑 応答が待ち受けている.これを終了して学生はやっと卒業を実感する. 50 年前の筆者の学科の就職状況は素材や部材・部品メーカーに 33%で トップ,次いで機械・自動車・重工の順番であった.現在は素材や部材・ 部品メーカーはわずか 7%で,トップは自動車 17%および電気電子 17% である.「組み立て産業」「耐久消費財産業」に学生の人気が流れているが, ものづくり産業の真髄は「素材・部材・部品」であり,日本の競争力が最も 強い分野と筆者は確信している.「材料」や「ものづくり」にそれほど関心 の無かった学生が,たまたま筆者の研究室に配属されたために,材料加工の 魅力の虜になり「素材・部材・部品」メーカに就職して行くケースが多い. このことが,指導教員としての責任の重さを痛感する種でもあり,また 楽しみの種でもある.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
大学は先端研究の花盛りである.「先端は末端に通じる」の例え通り, 先端研究に従事させたばかりに,役に立てない学生を産業界に送り 出している惨状が多く見受けられる.本来は基礎学問を徹底させた 基盤研究の土壌の上に先端的な研究に花が咲くのである. 企業研修で先端の学科を卒業した若きエンジニアが「鉄鋼の状態図」, 「応力とひずみ」など基礎的理解が不足したまま,産業界に入り苦労 しているのを多く見かける.足下を見つめ直さないと,ますます 「ゆるゆる」の日本になってしまうと危惧している. 研究は何をやっても自由,しかし教育は義務であり責任である. 決して研究を疎かにしてはならない.その研究結果は社会から個々に 厳しい評価を受ける.しかし,教育は社会的使命であり,教員の義務 であり大学の責務でもある.現状は研究が無くなるとその教育科目も 無くなる.先端とみなされない基盤材料,生産加工,機構学,図学, 工作実習・機械実験などの科目も風前の灯火である.研究は数年単位 で替わってもよいが,教育は少なくとも数十年以上の蓄積を前提と しているからだ.カリキュラムを学生の選択に委ねてはならない. 個性と自主性尊重との観点からカリキュラムを学生の選択に委ねる 傾向がある.講演会のような最新技術・トピックスを中心とした授業は, 基礎学力のない学生にはすぐに頭から消えて行く.そこで筆者らの 学科は先進や先端よりも,それを支える基盤的な専門科目を深く耕す 教育が大切と考え,学部1年は物理(化学)・数学,学部2年は演習を 主体とした専門力学と実習・実験を多く配置した.結果として学生の 選択科目は少なくなった.育ち盛りには,口に合わない人参や, ピーマンも食べてもらわなければならない.学生には苦い薬の投与も 必要である.専門を放棄した根無し草になってはならない. 産業界で貢献する機械系エンジニア,大学を含めた研究機関等で顕著な 成果をあげている機械系研究者に共通する要素は,「数学・物理・機械 系専門学力,つまり材料力学,流体力学,熱力学,メカニックス(機械 力学)などにおける深い造詣と基礎に裏打ちされた構想力」を持って いる点である.したがって,自分の専門は無論のこと専門が異なった 分野でも,本質的な点で活躍しうるし,人を束ねることもできる. さらに機械系の最大の価値は専門力学とこれを具体化する設計能力に ある.この専門性を武器に異分野を取り込むことに意味がある.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
明治十一年(1878 年)6 月から 9 月にかけて,通訳兼従者として雇った 伊藤鶴吉を供とし,東京を起点に日光から新潟県へ抜け,日本海側から 北海道に至る北日本を旅した一人の女性がいた.当時 47 歳のイギリス人 イザベラ・ルーシー・バードである(図 54.5).彼女の『日本紀行』に, そのころの日本の風情を記した貴重な資料がある. 「私は奥地や蝦夷を 1200 マイルに渡って旅をしたが、まったく安全で しかも心配もなかった.世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法な目にも あわず、まったく安全に旅行できる国はない」 さらに,「東洋の小国日本は,一見するとくすんで見すぼらしい. 華やかな色彩と金箔は寺院だけでしか見られない.宮殿も別荘も灰色の 木造で,建築様式から見ると富裕階級があるとしても見かけではわからない. 衣服の色は一般に地味な宵(日暮れ色)や茶や灰色で,金属は身につけて いない.あらゆるものが粗末で色薄く,単調なみすぼらしさが町の特色と なっている.ところが町は美しいほどに清潔なのだ.掃ききよめられた街路 を泥靴で歩くのは気がひけるほどである.藁や棒切れが一本でも,紙一枚 でも散れば,たちまち拾いあげられて,片づけられてしまう. どんな履物でも,箱やバケツに入っていないときには,一瞬の間でも街路に 捨てておくことはない」とある.イザベラ・バードも立ち寄ったと言われる 東北の大内宿の現在でもその面影が残っている.現代にも通じる日本の安全 と清潔な街路,その風情について的確に表現しているといえよう.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
ものづくりの土台が根底から揺らいでいる.ものづくり企業は円高,世界 経済の混迷にあるにもかかわらず,追い打ちをかけるように基礎学力を欠いた 若い大卒社員の再教育に頭を抱えている.余力のある企業は,もう日本の教育 機関には期待しないとばかりに,製図や工作実習などの実技教育だけでなく, 自ら「流体力学」,「熱力学」,「材料力学」や「機械力学(メカニックス)」 などの4力学,「機械材料」などの主要基礎科目まで再教育し始めている. 学会でも「やり直し○○講座」「基礎かえら学ぶ△△学」などが繁盛している. 足下を見つめ直さないと,ますます「ゆるゆる」の日本になってしまうと危惧 している.昭和 50 年に出題された「材料の力学」の問題を,数年前同じ学年 の現役学生に出題してみた.その結果は,昭和 50 年当時の平均点の半分以下 という惨憺たる成績であった.確実に力は落ちている. 大学は最も「ゆとった」ゆとり教育の真っ直中の世代を迎えている. この世代は現在 50 歳代以上と比べると小中高の授業時間がほぼ半分である. 文字通り,「量は質を変える」のである.文科省では COE や科研費などの 研究資金や博士課程重点化施策で大学間を競わせ有力大学を,より先端研究 志向を強めた大学とする方針を堅持しているが,学部基礎教育が危機的状況に あるとの認識と,その施策が全く不足している.一方,産業会は従来の改良 技術では世界で競争力を発揮できず,物理・化学の根元まで遡った根元的な 技術開発に迫られている. この両者のギャップの狭間でもがいているのが今の大学とみてよい.最近の 工学系大学では PBL(Project Based Learning)と称するプロジェクト 創出型の教育に注目が集まっている.通常学習では基礎を教えてから応用 教育をする.しかし欧米での新しい試みに「考えるプロセスこそが大事」とし, まずプロジェクトを体験させてから,基礎教育に戻る教育システムが紹介され, 日本でも導入されつつある.歌舞伎俳優の六代目尾上菊五郎の語録に 「一部の先生が弟子に向かって心で演技しろという.しかし必要最低限の 技術を体得しない段階で心の演技などできるわけがない.多くの技術を一つ 一つ丹念に確実に身につけ,きちんと演技すれば,それ相応の芸を表現できる ものだ」とある. 芸術・スポーツ・技術どの分野でも,まず重視すべきは基礎教育なのである.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
私の所属している男声合唱団の企画で日韓男声合唱の交流会があり, 私も韓国を訪れた.この縁は韓国に長らく駐在していた団員が韓国の 男声合唱団に入団し,大変良い人間関係を構築しことが発端である. 一時は日本の歌曲を韓国で演奏するには様々な規制があり,両団の 交流を妨げたときもあった.しかし,個人的な交流が連綿と続き 現在の交流につながった.レセプション会場は北朝鮮に近い保養地 山井湖水で開催され日韓合わせて 200 名近くが集まった. 翌日のソウル市内の合同演奏会では 1800 名が収容される演奏会場が 満席,韓国男声合唱団の観客動員力はたいしたものである.日本の 聴衆と違い,韓国の聴衆は一曲ごとに素直に反応してくれることに 大変驚いた.特に我々が,ポリバ(麦畑:韓国で最も人気のある歌曲) を韓国語で合唱したときには総立ちで拍手が鳴りやまなかった. 総じて,韓国の合唱団は日本のセミプロ級の実力がある.発声方法が 日本のアマチュアと違い,西欧の歌劇場の合唱団に近い「柔らかい」 発声である.男声といえども,鼓膜が悲鳴を上げるような発声は皆無 である.3年後には韓国男声合唱得団が日本に来て我々と競演する ことも決まった.浅川研における韓国からの留学生のご父母とも ソウルでお会いするチャンスがあった.来韓に大変喜んで頂き, 美味しいキムチもどっさり頂いた.職場から離れ,大きな息抜きが 出来た 3 日間であった.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
“多くの新入社員に囲まれて楽しくやっております.挨拶は相手より早く!とか, 現場は宝の山!,報・連・相! 相手を批判したら,必ず建設的な意見を言う! など,研究室で学んだことを,再び学びなおしております.”と本年卒業した 卒業生から入社して研修を受けた率直な感想が届いた. 研究室ではすべて当たり前のことではあるが毎年繰り返して以下のようなことを 学生に口酸っぱく語っている. ①ともかくも研究室に毎日来ること(言うことすら恥ずかしいが・・・). ②PLAN DO CHECK ACTION,報告・連絡・相談→ほうれんそうを徹底すること.  特に他の人に頼んだりした場合,任せたままにしないで,必ず自分で確認する. 「多分,だろう,はずだ」のままにしておくことが最も危険.頼まれた人から 「あれどうなった?」と聞かれたらイエローカードと思うこと. ③約束の時間は厳守し,かつ5分前に待機する習慣を付ける.遅れたりやむを得ず  欠席する場合は必ず連絡をする. ④先生,職員,仲間への挨拶をしっかり行う.研究室では,後から来た人,先に  帰る人がまず挨拶すること.知らないうちに来て,知らないうちに帰るような  ことは避ける.先生が先に来ていたら先生の部屋まで挨拶に行く,日頃お世話に  なる職員とも節度ある挨拶,服装,態度,言葉使いに注意すること. ⑤先輩への恩は後輩に返すこと.研究室での人間関係の訓練が,社会で役に立つ. ⑥若いうちは,「時間が無限にある」と思いがちである,しかし若さは一瞬である. ⑦「安全第一」,「良いか? 良し!」.これを呟くだけでも事故は半減する. ⑧なぜ自分は理工系なのか? なぜ機械工学なのか? なぜ浅川研なのか?  そして自分は何をやりたいのか? 人生の目的は? 世界の若者はどうしている?  を常に問うこと. ⑨学部で卒業・就職をしようとしている人は未熟な学部生のままどうして社会に  出るのかを自問自答すること.大学院に進む人はなぜ大学院に進学するのかを  自分に説明すること. ⑩最近の学生は特定の超優良会社に群がる.上位 50 社に7割が就職している.  今人気の企業は諸君らが課長,部長になったときはどうなる? 50年前の  人気企業:砂糖,石炭,石油,セメント,鉄鋼などが今どうなっているか.  特定の年度だけ大量採用する会社も要注意,君たちを使い捨てる可能性がある.  文系就職する理系の学生は一生「理系出身」との烙印を押されることを覚悟する.
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中條屋真
2020年11月22日
In モトイズム(8)
民放のテレビ取材に応じた.大学の広報から「ワイヤー技術で取材の申し込みが あるので受けてもらえるか」との要請があったのが事の発端である. この番組は若者にも人気があり,視聴率も高いという.小職の専門分野であり 気軽に応じた.それが間違いのもとであった. ワイヤーに関しては一般の方々は知っているようで知らない. 例えばコレステロールなどが沈着し狭くなった冠動脈にφ0.3mm ほどの ステンレス製ガイドワイヤーが使用されるが,その製法が極めて難しい. 外科医が手元で 90 度回転させたら血管内の先端も同時に 90 度回転する 伝達特性と復元性が要求される.太陽電池や LED に用いられるシリコン ウエハーやサファイア材のスライス加工に不可欠な切断用工具にはφ0.2 mm の高炭素鋼線のソーワイヤーが多く使用されている.細く強いほどスライス材 の歩留まりは向上する.長大橋のメインケーブルには亜鉛めっきされた高炭素 鋼線が用いられる.これらは楽器のピアノに使われる鋼線「ピアノ線」から 発展した技術である.近年では,赤ちゃんの髪の毛のほどの 20μm の各種材料の 電子・精密機械用極細線の製造が可能になってきている. 以上,伝えたいことは山ほどあるので2時間以上かけて研究室で話をした. しかし,若いディレクターは私の話にはやや上の空の様子で,「・・・はすごい!」 「・・・この技術は世界最高です!」と言ってくれませんか?と要求してきた. 既にシナリオがあり,それに「あー・・・」とか「スー・・・」とかを感嘆詞で 補強するために私を利用していることに気がついた. あまりの馬鹿々々しさに,早々と打ち切って帰ってもらった. 実際の放映で私が写っていたのは1分ほど,大部分の重要な説明はカットされ 「あー・・・」とか「スー・・・」とかの感嘆詞のみが抜き取られていた. 日頃,科学技術番組をわかりやすく解説する理工系出身の記者がもっと活躍し, 若者に科学・技術の面白さを語ってほしいとの私の願いは「ずたずた」に なった一日であった.
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中條屋真
2020年9月06日
In 日本のものづくりは大丈夫か
 小栗上野介忠順は文政十年(1827年)、旗本・小栗忠高の子として旗本屋敷である 江戸駿河台、現在の明大通りの角で生まれた。早くからその才を認められ、16歳で江戸城 に初登城、徳川家慶に御目見えし、26歳で徳川家定に近侍、28歳で父の小栗忠高の家督を 相続した。33歳の万延元年(1860年)、大老・井伊直弼の推挙を受けて、幕府検米使節の 実質的なリーダーとして渡米することになった。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                            早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  大学の先生や企業の部課長クラスの1時間あたり人件費を仮に 1 万円とすると、20 人が 出席する2時間の会議は約 40 万円の出費となる。コストは価値を生み出す指標であり、無駄 を排除し地球環境を守る尺度でもある。しかし、会議の実体は定刻より遅れて開催され、 延々と議論が続き、終了時刻を過ぎてまで議論したあげく時間切れ、結論持ち越しが何と多い ことか。これに嫌気がさし、会議の欠席者が増える悪循環が毎年繰り返される。  煎じ詰めればコストは地球環境を大切にする指標なのである。地球環境を重視する企業では、 事前に資料が配布され、何をその会議で決するかが明瞭であり、かつ会議には 5 分前に集合し、 1 時間以内で終わる努力がなされている。企業から大学に移った多くの先生方の悩みが「会議や 雑用のため研究時間が短くなった」という状況は笑い話にもならない。  最も大切なことは会議を主催する人、すなわち議長や委員長の心構えだと私は考えている。 会議の冒頭は「データを可能な限り多く集め、分析し、事実関係を精査し、これを踏まえて どう判断し、どうしたらよいかは皆さんとよく協議して行きたい」との挨拶で始まることが よくある。これが合理的で民主的な決め方と思われているようだが、私から観ると、とんでも ないことである。このような方法では一人でも異論があると、なかなか決まる話も決まらない。 決議しても妥協の産物となり、ろくな結果にはならない。また限られた関係者以外は常日頃 その議題について真剣に考える余裕すら無く、底の浅い議論しか期待できない。  委員長自らが案を提示し、これを叩き台として審議を重ね、叩き台の主導権は委員長が最後 まで握ることである。枝葉の部分では妥協も必要であろうが、幹なる部分は委員長としての 見解を主張し説得すべきである。役職に就くことが自己目的化した人や自分に強い思いや 意見が無い人は、会議を取り仕切る長になるべきではない。  数百人が集まる教授会なら数百万円の価値のある結論が毎回授業料納付者から求められて いることを肝に銘じておきたい。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                            早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  サバティカルから帰国して間もないある日学部長から「英語に詳しいだろう」との誤解(?) から英語教育実行委員会の改革委員長に指名された。引き受けた以上は短期決戦で改革すべく 動いた。委員会は計7回、約 20 時間以上の審議および見学と懇談会を重ねてきた。 「着眼大局,着手小局」すなわち「志は高く掲げる」スタンスは崩さず、かつ「実行可能な 具体策」から始めて行くことを基本的な施策した。英語教育を従来の「教養としての英語」 から「理工系の技術としての英語」すなわち「理工系論文の読解、論文作成、講演会・国際 会議などで使える実践的英語力」を養う方向に大きく転換することを目指す。したがって、 専任教員はネイティブで理系の博士号を持ち、日本語に堪能な若手を公募した。この方針は 今までの教養英語の教員との軋轢を生じた。しかし、ねばり強く説得した。  具体的には、 1:英語による教科書、専門書、論文、文献等が理解できること 2:英語によるプレゼンテーションや講演が理解できること 3:英語による要旨、小論文、論文等の文書が書けること 4:英語によるプレゼンテーションや講演が行えること 5:英語による日常のコミュニケーションが行えること を目標とした。 5「基礎英語」は理工系論文の読解、論文作成、講演会・国際会議などで使える実践的英語力 の養成を念頭に、その前段階である英語基礎力養成を重点に置いた。リスニングのみならず グラマー、リーディングを重視、TOEFL-ITP などを利用し、それをクリアするまで繰り返し 履修可能とする。 6「専門英語」は TechnicalReading & Writing の英語力向上を目標とする。例えば、理工系 原書、文献の読解・要約、理工系論文の論理構成と文法、表題・要約・本文・図表等の書き方、 さらには Technical Presentationの口頭発表方法などである。非常勤講師による多人数教育 形式とするが、非常勤講師を補佐するトレーナー(インストラクター)は博士課程学生、助手、 英語圏留学経験者他から常時採用する。 後日談:本改革は既存の「教養英語」を壊し、全く新しい「役に立つ理系英語」に転換するため、 英語教員人事を含めて大きな改革となった。これはひとえに各学科が理系英語への転換を サポートしてくれたこと、および当時の学部長がぶれることなくしっかり支えてくれたことが 成功の鍵であった。この改革に一番喜んだのは学生である。私個人としても学生の海外発表 への負担が軽減されたことにも感謝している。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                          早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  総合科学技術会議では日本の将来に向けて重点分野に絞った研究開発を志向している。 IT(情報通信)、バイオ、ナノテク、ライフサイエンス等々である。この夏に生産学術に関与 している官僚、独立行政法人の研究者、それと大学・企業の関係者と二泊三日の合宿を行い、 生産学術の戦略を議論した。しかしそのときの中心課題は「なにをやるべきか」ではなく どうしたら COE や研究費がとれるかに集中していった。官僚や国の研究者は新コンセプトや 企画を追い求め、財務省受けする予算化に関心を払う。たとえば「IT は既に手垢が付いて いる、バイオも疲れ気味、ナノテクも来年でそろそろ幕引き、残るは高齢化・福祉の キーワードか?」等と続く。議論している本人もこんなことで 21 世紀に 1億の日本人を 食べさせていけないことは百も承知である。どんな言葉の響きが受けるか、どうすれば 取りあえずの予算が確保できるかが本題になってしまう。多くのまじめな研究開発者が日頃 使い慣れない IT、バイオ、ナノ、環境、福祉をちりばめた言葉でCOE や科研費の申請書を 書き続けているのが現状であろう。  自動車が関連産業も含めて 40 兆円、鉄鋼が 20 兆円である。しかしこの分野は国からの 助成に頼らず、今でも日本の国力と日本人の雇用を支えている。鳴り物入りで国の助成を 受けた半導体設備関連は 1 兆円付近でふうふう喘いでいる。先端技術(ハイテクノロジー)で 1 億人の日本人は食わせることはできない。新幹線も航空機も宇宙も技術者の本音はロー テクノロジー(後端技術)の着実な積み重ねであることを知っている。産業経済界のバブルは 十年以上前に収束したが科学技術の研究開発バブルは、まさにこれから始まろうとしている。 ごまめの歯ぎしりかもしれないが「ものづくりを愚直に継続すること」が最も大切と 考えている。  さて、この合宿で「愚直なものづくりセンターの設立」を提案したところ多くの賛同者が 現れた。日本も捨てたものではないと実感したものである。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                         早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  ちょっと前の日本では「おこりんぼおじさん」や「うるさいおばさん」が隣近所にいて、 子供や若者がだらしない服装をしたり悪ふざけをしていると、怒ったりうるさく注意して いた。毎回注意されると次第に「なるほどそういうものか」と気が付き始める。  学校の先生も怖いことこの上なく、拳骨やピンタ等の体罰は日常的で「先生に言いつけて やる」といわれると、「ちょっと待った!」ひるまざるを得ない。  就職してからも職場には「うるさ型の作業長・工長」がいて、大学出たての若輩技術者に 「図面がなっていない」、「機械の叫びを良く聞け」、「なにを大学で学んできたのか」と それはよく叱る。特に私が危険な作業をすると、真っ赤になって「どアホ!」怒鳴られた ものである。その効果は絶大で二度と同じようなことはしなくなる。技術指導から危険予知 まで体験と永年の勘には脱帽するしかない。  「厳しい上司」は私が事務所で仕事をしていると「宝物は事務所にはない。現場に出ろ」 とわめき回っていた。このところ豪華客船建造中の火事、製鉄所のガスホルダーの爆発、 タイヤ工場の火災など製造業で大きな災害が続発するようになった。この背景には小さな 事故が何百倍もあるはずである。この根本には日本の製造業を底辺で支え、現場を知り尽く した仕事の鬼が、歯が抜けるように姿を消してきたことが主因と私は考えている。  昨今は若者に注意したり叱りとばしたりする年輩者が極端に少なくなった。 一方私が学生に「挨拶ぐらいしろ」と注意すると彼らは思いのほか素直に改めることが多い。 良く聞くと「今まで挨拶で親にも注意されたことがなかった」という。若者はむしろ年輩者が 注意しないことに不満を持っているような気さえする。  「おこりんぼおじさん」や「うるさいおばさん」、「厳しい上司」そして「注意する先生」 がもっと増えないと、日本はますます「ゆるゆるの国」になってしまうだろう。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                          早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  私は社会人対象の講義や研修を学会の講演会や企業に招かれて毎年担当してきている。 聴講者は 20 才台後半から 30 才台までの場合が多い。不謹慎の誹り免れないことを 承知で言うと、大学での講義に比べ格段に楽しく、充実し、刺激的で、緊張感があり、 かつ大いに勉強になる。終了後も講義で示したサンプルを覗きに来たり、質問が絶える ことがない。質疑応答は次への講義準備の肥やしになるし、時には出席者の企業と 共同研究に発展したこともある。  彼ら社会人もちょっと前までは学生であったはずである。なぜ社会に入ってからこうも 受講態度が変わるのであろうか?「大学の講義が多人数のため」との指摘もあるが、私の 経験によれば10 人前後の学部3年ゼミでも大学院1年の少人数講義でも無反応、無表情、 無質問の受け身的な傾向は変わらない。教員になって7年、毎日この砂を噛むような味気 ない講義のあり方を反芻・反省してきた。そして私なりに「学生の勉学に対する インセンティブの欠落」との当たり前の結論に達した。将来の目標、職業観、使命感が あれば、どの科目を選択し、何を捨て、どこに力点を置くかが見えてくるはずである。  それでは今の豊饒な学生に「勉学の動機付け」を植え込むにはどうしたらよいだろうか。 将来の目標や勉学意欲の高いアジアの留学生を多く招くことも一案であるが、昨今は優秀な 学生は日本を素通りしてしまう。解決策の一つは学部・大学院の半数近く、いや三分の一 でもよいから勉学意欲の高い社会人で教室を満たすことであろう。  ただし、基礎教育を横に置き、勉学の動機付けに過剰反応し、学生の興味におもねった 「おままごと」もどきの教育カリュキュラムへの変更は、今の「ゆとり教育」の二の舞に なる危険性があり、厳に慎むべきであろう。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                         早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  早稲田大学のチュートリアル・イングリッシュが今大変な人気である。オープン教育 セ ンターが統括し株式会社組織「早稲田大学インターナショナル」が実質的に運営して いる。4人1組の少人数対面レッスンに加えインターネット・レッスンによる自習と英文 添削が加わる。受講した学生のアンケートでは九割以上が積極的に評価しており、 TOEIC 点も確実に上昇している。自ら高額の受講料を払い、旧早実教室の細かく仕切ら れた部屋に朝から多数の学生が詰めかける光景は尋常ではない。開設初年度2千名の定員 に対して3千名の応募があり、本年度は定員5千名に拡大している。さらにこれを正規の 英語単位として認可する学部が現れ、受講生が1万人に達するのもそう遠くではなさそう である。講師はネイティブおよび同等の実力を有する日本人で、もちろん講師の高学歴は 必要とされるが会社の最大の関心事は「いかに学生の 興味を引きだし、実力を上げる 教育ができるか」にある。「教養の英語」を隠れ蓑に「使える英語」を教えられなかった むしろ軽蔑してきた高等教育機関の罪は大きい。英語教育はコンピュータを使いこなす 教育とどこが違うのか? 初修外国語も然りである。さらに進めて理工学部を例に挙げれば 数学、物理・化学も「将来の専門科目を駆使するための大切な道具」である。 使えて役に立つ数学、物理・化学でなければならない。  しからば専門科目はどうか? 専任教員は教育だけでなく研究活動が重要な使命であり、 研究は教育を質的に変化させることも事実である。しかし、それは大学院教育に当て はまり、学部は専門基礎をしっかり叩き込む「専門基礎教育」が大切である。  今の英語教育の変化が、ただ単に英語のみに留まらず大学教育それ自体を大きく変革 する端緒になることを期待している。  さて、少なくとも使える英語の日本の実力を北朝鮮などの最下位クラスから早期に 脱出したいものである。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                         早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  若いときの人との出会いは、あとあと自分の人生を左右するほど大切であったと今更 ながら驚く。私の人生では大事な出会いが3回あった。  第1番目は教師である。小学校から大学までの間でよき恩師に出会ったか、第2番目は 社会に出てからよき上司、先輩に恵まれたか、第3番目によき伴侶に巡り会ったかである。 この三つの出会いの影響力は40 才、50 才の分別盛りになって来るにつけ、冷や酒のよう に利いてくるから不思議なものである。 私の場合、第1の教師との出会いは小学校の N 先生である。給食代も払えない貧乏な 家庭の子、知的障害で皆からぽつんと寂しそうに窓を眺めていた子、クラスの臆病者や ガキ大将、勉強や運動のできる子できない子、職 人・小売り・サラリーマンの子等々、 先生は分け隔てなく等しく接し可愛がり、ときには叱りつけた。このとき「能力に差が あっても人間として皆一緒」との先生の教えを一クラス60 人の仲間は体験で共有し、 いまだに今年90 歳を越える先生を囲んでクラス会を継続している。大学時代の恩師は まさに私の父親代わりとなって、節目節目で人生相談に乗ってくれた。 現在の「材料加工」の専門も恩師からの薫陶がきっかけである。  会社に入ってからも次々と厳しい先輩,上司に出会った。 「コピーのとりかた方」から始まり「エンジニアとしての考え方」まで徹底的に鍛え 直された。若い当時は苦しく、きつく、何度も会社を辞めようと考えていた。そのときの 専門学識や経験が大学での教育・研究に役立っている。  諸君らはゆめゆめ楽勝科目を渡り歩いたり、安楽な研究室や仕事を求めたりしては ならない。  第3番目の良き伴侶はプライベートなこともあり、またの機会としたい。
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中條屋真
2020年9月06日
In モトイズム(4)
                          早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp  「明治政府は近代化を急ぐあまり文系,理系を峻別して促成栽培の教育を施してきた。 この結果、お互いの世界を全く理解できない、理解しようとしない国民性が醸成された。 この意識の断絶を回復することが21 世紀の科学の大きなテーマだ」と村上陽一郎は警鐘を 鳴らしている。 明治の初期は森鴎外や寺田寅彦のように文系、理系と分けることすら意味のない文化人が 多く輩出した。これも西欧の哲学と科学は表裏一体であるとの影響が色濃く残っていたから であろう。数理に弱いから文系、逆に強いから理系という考えはあまりにも単純すぎる。 理系に進むためには数理は必須であるが、それと同等に大切なのは高度の教養や論理的 表現能力が不可欠である。数学の先生によると「最近の数学証明問題では解答の導入経過が 論理的に説明されていない答案が増えてきた」そうだ。むしろ論理的思考は国語・英語の 長文読解・作文の評価と相関があるとの説を支持する教員も多い。真に太鼓判の押せる 大学を目指すのなら文系にも理数系を、理系にも国語・社会系科目を入学試験時に設ける べきである。もちろん分野に応じて配点の比重は変えることはあり得る。  また、入学したら文系、理系に関わらず教養のための科学・数学を文学・政治経済・哲学 と同様に学ばせることも必要である。本来、高校で受験指導しながら「教養とはなんぞや」 を身につけた教諭から「教養へのあこがれ」を醸成すべきであろう。  現在の高校がゆとり教育の結果「高度な教養」を放棄、その役割は大学に委ねられてきた。 20 歳前に少しでも数理や哲学を学ぶ体験は必要であり、重要である。感受性の鋭い若いとき に高度な教養を経験しないと理系・文系アレルギーは生涯付きまとうことになる。 今や学部教育の専門性は進歩した社会に整合しなくなっている。むしろ学部では大まかな 文系、理系の区分だけつけておき、文学,経済,法律,機械,電気,建築等の本格的な専門教育は 大学院から始めるのが21 世紀の大学になるだろう。
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中條屋真

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