今回の訪問メンバーより一足先に、2019年の年明けに一人でドイツ博物館を訪れてから1年以上になります。写真を見返して記憶を辿りながら、まずは興味のあった分野を中心に書いていきたいと思います。
ドイツといえば、20世紀になって誕生した新しい物理学「量子力学」の立役者であるマックス・プランク(量子論の父)、マックス・ボルン(波動関数の確率解釈)、不確定性原理のハイゼンベルクらを輩出した国です。多言語習得活動の仲間たちとハイゼンベルクの「部分と全体」を読んでいたこともあり、量子力学がドイツ博物館でどのように展示されているかが、密かな興味としてありました。見学の最後にミュージアムショップでドイツ語版の部分と全体「Der Teil und das Ganze」を見つけた時は嬉しかったです。
さて、展示内容の話に戻りますが、館内に入りクロークで荷物を預けると、その脇にある19世紀~20世紀初頭の巨大な鉱山の立坑掘削機が目に入ります。この立坑の中を覗くと、地下にある鉱山関連の展示につながっており、地下への階段を下りていくと、本当の鉱山に入っていくように思えるほど、展示のリアルさに最初から驚かされました。鉱山の展示は地下にというところに、ドイツらしい拘りを感じました。鉱山分野の記事は別の回に譲ることにして、今回は量子力学関連の展示を中心に全体の感想について紹介します。
原子力発電関連の展示の中だったと思いますが、大きな霧箱(Cloud Chamber)の展示がありました。霧箱は放射線や荷電粒子の飛跡を見るための装置で、1927年にノーベル物理学賞を受けたスコットランドのCharles Wilsonが発明しました。アルコールなどの蒸気を過冷却したガス中に荷電粒子や放射線を入射すると気体分子がイオン化し、そのイオンを凝結核として霧が発生し、飛跡が霧の線として観測できるというものです。「光は波か粒か?」という議論が盛んにおこなわれていた20世紀初めに、コンプトン効果で「弾き飛ばされた電子」を観測するために、この霧箱が使われました。友人が手作りした霧箱でα粒子の飛跡を観察する実験をやったことがあるのですが、なかなかうまくいかず、実際に見るのは難しいものです。お台場の日本科学未来館にも霧箱の展示があり、こちらは飛跡が良く見えて感激したことがありますが、ドイツ博物館の霧箱はそれ以上でした。ボルンによる波動関数の確率解釈の後も霧箱実験の説明は大きな課題として残り、その説明の結果としてハイゼンベルクにより「不確定性原理」が導かれます。このように霧箱は量子力学の完成において大きな役割を演じるのですが、流石にそこまでの解説はドイツ博物館にはありませんでした。
次に見つけた量子力学関連の展示は、浜松ホトニクス製の光電子倍増管で、ガラス関連の展示の中にありました。この光電子倍増管はニュートリノ観測施設であるカミオカンデで使用されているものです。超新星爆発によるニュートリノの観測で小柴教授が、ニュートリノ振動の観測で梶田教授がノーベル賞を受賞したことでも有名です。ドイツ博物館で見つけた数少ない日本製品の一つでもありました。日本製品は他には、カシオの電子キーボードとヤマハのピアノが展示されており、ものづくり大国ドイツの博物館に日本の製品が展示されていることに喜びを感じました。
最後に宇宙の展示コーナーでは、ビッグバンからの宇宙誕生の様子と、クオーク、レプトン、ヒッグス粒子などの素粒子の説明、自然界の四つの力(強い力、弱い力、電磁気力、重力)と物質の構造、ダークマターと宇宙についてのパネル解説がありました。このあたりの展示には最新の宇宙物理学の成果も盛り込まれており、比較的新しい印象を受けました。今後も更にバージョンアップされていくものと思われます。
古い歴史のある鉱山や金属精錬、産業革命以降の鉄鋼や造船など重厚長大産業の展示はものづくり大国ドイツらしく、実物のカットモデルや縮小模型でリアルさを追求したものでしたが、一方でバイオやナノテクなどの最新技術の紹介には試行錯誤も感じられました。また、館内を歩いてドイツ語の次に聞こえてきたのは中国語、他にもスペイン語やフランス語、ロシア語、英語はむしろ少数派で韓国語や日本語は僅かという感じでしたが、インターナショナルな博物館の雰囲気を満喫できました。