早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
最近,産業界から大学に移る人が少しずつ増えている.早大理工においてもこの5年間で採用された教員のうち約4割が民間企業出身者である.特に機械は実践重視の学科であり,実務経験者の戦力を必要としており,今後とも大いに歓迎すべきことである.
「産業界出身の教員」というと,「企業の研究員」出身者が多くなりがちである.歯に衣着せぬことで有名なある学長が「企業の研究所からきた人は必ずしもいいとは限らない.企業で使えないから大学に来る人もおり,悪い意味での典型的な大学の先生になってしまうケースがある」と警告している.小学校・中学校では生きる力をつけるという名目で「ゆとりの時間」が設けられ,一般の学習時間が大幅に削減されはじめている.いくらカリキュラムや授業時間をいじっても意味がない.生徒に「生きる力」を教えるには,生きる力を持った教員を増やす以外に方策はない.教育は人そのものだからだ.
産業界から来られる場合,研究だけでなく,開発・実用化・クレーム処理まで体験した「生きる力」を備えた工学系教員により,若い学生を教育するのが望ましい.「いかに素晴らしい研究をしたか」を学生に論ずるよりも,「いかにして失敗したか,その失敗から学んだことは何か」の視点,すなわち「敗軍の将,兵を語る」を講義した方が学生のためになるし,学生も好奇の瞳を輝かせる.研究の成功・不成功の評価は曖昧になりがちだが,実用化・
事業化段階では成功か失敗かのいずれしかない.したがって工学系の新任教員には,工学の実戦経験と成功・失敗体験が必要である.欲を言えば,研究所だけでなく製造・販売現場にも精通されたエンジニアが望ましい.工学系の大学は大学教員と同じような「研究者」を育成する場所ではなく,社会に対して技術で貢献する「エンジニア」を養成することが主務の教育機関である.この意味から,現在の論文数を中心とした教員採用基準が大変ネックとなっている.もっと特許件数や商品化・実用化の実績,技術表彰などの評価に重点を移すべきである.「企業出身の教員志望者を採用する場合は論文の数だけでなく特許や実用化の実績を重点に・・・」と学内で声を大きくして警告しているが,未だ少数意見である.
産業界から大学に転身した教員のアンケート(塑性加工学会資料)323 件中,「研究に専念したい」という意見が42%,「教育に従事したい」が28%である.研究に専念したければ国や企業の研究所に行って欲しい.大学は教育がまずあり,次に研究がある.もし研究を優先するなら,「大学に,少なくとも私立大学には来ないでほしい」と警告したい.