早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
宮崎駿監督の「風立ちぬ」が話題になっている.この作品は,零戦の設計者堀越一郎をテーマとしており,堀越技師の仕事への情熱,最先端を行くパイオニアとしての「熱い心」に宮崎監督は強い共感を抱いたのではないか言われている.
私の住金の上司は堀越グループで零戦のプロペラに使用されるジュラルミンを開発した担当であり,堀越一郎の技術者魂をよく聞かされたものである.
日経新聞の「私の履歴書」に三菱重工業相談役・西岡喬氏が堀越一郎との出会いの挿話があり,大変興味深かったのでここに紹介したい.“私が大学を卒業した1959 年は三菱重工業が3社に分割されたうちの,新三菱重工業がF86 をライセンス生産していた.私は飛行機にすぐ触ることができ将来性もありそうなので「日本航空もいいかな」と思った.1951 年に設立された日航は路線を拡張中であった.どんな仕事か聞こうと航空学科専修の同期の一人と一緒に日本航空の本社に行くことにした.東京駅を降りて気がついた.近くには航空学科の堀越一郎先生が顧問を務める新三菱重工業の本社がある.先生に挨拶して日航を就職先に考えていますとお伝えすることにした.「何を考えているのか」と,堀越さんに一喝された.こちらが話をするまもなく,堀越さんは人事部長を呼び私たち2人はその場でサインすることになった.試験をすることもなく,新三菱重工に内定した.”
心あるエンジニアであったらつい「何を考えているのか!」と言葉に表してしまうであろう.そこに,世間で流布している優秀で冷静なエンジニア像とは別の,人間臭い息吹に感動した.住金のその上司も,私がいい加減案な返答をすると,みるみるうちに顔が真っ赤になり,感情をむき出しにして叱咤した.怒られた方も,自分の考えの浅さに気がつく.むしろ,あのとき叱られなかったら自分はどうなっていたかと思う.
現在の上司は若者のいうことを肯定し同調する傾向にあり,誤った考えを一喝し,奮起を促す場面が少なくなっている.逆に言えば,責任を取らない,取りたく上司が増えた.寂しいがこれが日本の現実であろう.