早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
私がかつて所属していた企業の合唱団は当時日本でも指折り数える名指揮者と言われたA氏を常任指揮に置いていた.成績も全国優勝したり地区優勝したりして,合唱界の名門と知られるようになっていた.その後そのお弟子さんであるB氏が指揮棒を握るようになった.しかし,成績は思うように上がらず団員にも活力が失せていった.
そんなある練習日に,当時某合唱団の指揮者であったC氏を招いて1回だけの指導をしてもらった.楽譜にない音楽の新しい発見,明確な目標・指示,その気にさせる人間性,団員の素質を引き出す指導力等々.練習終了後は,深い感動と同時に「今までの練習は何だったんだろう」と茫然自失の状態であった.暫く経って我々は指揮者を変える決断をした.前指揮者及びその弟子の指揮者との関係も当然悪化し,前指揮者と関係のあった会社役員,団長,OB からもきつい叱責と抵抗を受けた.しかし決断を曲げなかった.そしてその3年後職場の部全国優勝,暫くして総合の部全国優勝に輝いた.団員は前のまま,指揮者を変えただけで数年後に全国制覇を果たしたのである.合唱団の団員は全くの素人である.合唱団で活躍したいために会社に入社した人は皆無と言っていい.会社に来て初めて譜を読む人が過半数を占める.
我々の本業である学問・研究や教育の指導している教員は指揮者そのものではないだろうか.ノーベル賞は特定の大学や研究機関に集中するのも指導者の貢献と影響力によるところが大と言われている.教え子の成果が出るまで数十年の時間遅れはあるものの.大学においても教員の影響力は計り知れないほど大きい.