以前、塾の教師から「早大学院と慶応高校両方受かったら、面倒見が良い慶応をお奨めします。学院は放任教育で修学旅行すらありません」と諭され、七割が慶応に進学していったショックを今でも忘れない。早稲田に赴任してきた十年前、大学受験でも慶応優位のデータ に接し「どうして」と唖然とした。この危機に際し当時の総長は、まさに命がけで早稲田の改革を進めていた。遅れること数年、理工学部の改革も理念と実行力のある学部長が選ばれスタートを切った。雑居ビルと酷評された既存の学科と専攻を理工百年の歴史を書き換える三理工学部構想にまとめ果敢に実行に移した。今回の改革では名前だけでなく中身の改革にまで踏み込んだ。再編で解消した学科、新しく生まれた学科、二つに分離再編した学科、学部全体で一括入学させ二年生進学時に学科を選択する学部も現れた。内容改革の典型例が理工系英語である。役に立つ技術英語を標語に、英語論文の執筆、英語でのプレゼンテーション、英語で質 疑応答を教育するため理系出身のネイティブを含めた専任教員で中枢を固め、カリキュラムも大幅に実用技術英語にシフトした。学生からは高校の焼き直し英語との悪評が一変して大好評である。危機を迎えた早稲田大学に、よき総長・学部長を得たことも幸運であった。
さて、芸大のある教授は「日本の音楽家はテクニックにばかり走り、中味は子供のままである。そのため世界的に大成しない」と嘆いている。理工系大卒の弱点も哲学、文学、歴史、芸術など教養に暗い「専門馬鹿」を生み出しがちなことである。これは高校を含めた日本の教養教育の劣化に問題があり、今後の大きな課題である。同時に事前に社会経験をさせ、将来の行く末をにらんだ勉学の動機付けも必須である。