早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
小学校時代から家族一緒にラジオ放送の落語を聞くのが楽しみであった.特に古今亭志ん生は絶品であった.話し始めは小さな声で聞こえにくいので,「何を話してるんだろう?」と耳をそばだてる.話の内容もさることながら間の取り方がすばらしい.「おまえさんは毎日何をしてんだい.少しは稼ぎに行きなよ!」・・・「しかたねえじゃないか.することがねーんだから」.この「・・・」の間の取り方によって女将さんから怒られた腹立ちと自分へのやるせなさの気持ちが表れている.また本筋の話だけでなく,時々脇道にそれたアドリブのネタを披露するのも聴衆を飽きさせない.「やること半人前,言うことは一人前,女郎買いは三人前!」などとと畳みかけ笑いを誘う.
落語は講義の参考になる.講義前の私語や騒がしさを収めるのに大声での注意よりも,志ん生のように小さな声で講義を始めると急速に静かになる.講義の中では時折本筋からそれたネタを披露すると眠っていた学生がガバッと起きるし,こちらもリフレッシュできる.
教室はいつも後席から埋まって行く.後ろや両サイドは目立ちにくい.しかし,運転中の助手席に座っている状況と同じで講義が身に付かない.そこで「最後席に座っている学生に質問するので覚悟しておくように」と宣言し実行すると,しばらくたって次第に前の席も埋まり始める.
講義では自分の研究や業績の自慢話は避け,自分が失敗した経験を話す.経験のない若者は失敗を極端に恐れており,耳をそばだてて失敗談を聞こうとする.自慢話などは年齢に関係なく聞きたくないものだ.
質問は出ないものとあきらめてはならない.大人数クラスでは講義終了後,5分ほど教壇に立ち続ければ,おずおずと質問にやって来る学生もいる.この質問が次回の肥やしになる.少人数クラスでは,講義終了後,質問しなかった学生の氏名を読み上げる.3 ケ月ほどすると全員から質問が出るようになる.
重要な話は講義のはじめにまとめて伝達する.例えば,本日講義する重要なキーワード,試験問題の範囲,読むべき参考書などである.そうすれば遅刻する学生は自分の不利益を身をもって体験する.
最後に最も重要なことがある.それは初回の講義である.自分流の講義の進め方・レジメの配布方法だけでなく,私語や遅刻・授業の態度に厳しく毅然と対応する姿勢を見せることである.学生は最初の講義で先生を値踏みし,「楽勝」科目か否かを判断しているから・・・