早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
早稲田大学における小保方氏の博士論文が問題視されている.報告書によると「最終的な博士論文を製本すべきところ,誤って公聴会前の段階の博士論文を製本してしまった」「適切な指導が行われていなかった」と指摘があり,文字通りに判断すれば「取り下げ」が妥当で常識的な判断である.
例えば私の専門の塑性加工の分野で新原理・現象・方法が生み出された場合,まず研究室内で「独創的か? 過去の文献は十分チェックされているか? 構成は論理的か? 再現性があるか?」が問われ,その段階で研究者は殆どボロボロになる.そこをクリアーしたら,次に外部学会発表,その道の専門家から研究室内以上の厳しく的を得た質問が飛ぶ.その後,推敲にに推敲を重ねやっと投稿論文提出となるが,通常は「論文として不適・却下」となる.この指弾を乗り越えた論文のみが採用され,初めて世に認められる.一般の研究発表が上記のような過程を踏むので博士論文にであれば,これ以上のチェックが入る.
小保方氏の指導教員であるT 先生は微生物を用いた環境改善が専門であり,生命医科学は専門外である.これが先進技術や先端学問領域の怖さで,技術の進展が早く指導教員が実質的に指導できない事態となる.翻って,自分が指導教員として博士論文 を担当したときはどうか? まず専門外であったら自分は主査にならない.主査となったら一字一句まで論文をチェックする.「誤って草稿段階の博士論文を製本」させることなどあり得ない.なぜなら,その後も教室会議,公聴会,審査分科会など多くの先生や専門家の目が光るからだ.
T 先生と私は1996 年に早稲田大学に奉職した同期である.彼が当時31 才,私は52 才であった.自分の研究室が整うまでの3ヶ月間,仮の研究室で2人同室であった.私は産業会から,彼は国の研究機関から転職した経緯から,お互いの問題や悩みやをよく話あった.その後分野が違うため接する機会が少なかったが,今年の1月末,マスコミで小保方氏の学部時代の指導教員だったT 先生が脚光を浴びるようになり,「小保方さんは,いろいろな専門家に恐れず質問し,突破口を開いていく姿勢があった」との報道に接したのだが・・・残念である.