早稲田大学 名誉教授 浅川基男
asakawa@waseda.jp
経済がデフレスパイラルに入ったかどうか議論の分かれるところであるが、教育が学力
低下のスパイラルに入ったことは間違いない。小・中・高の学習時間は 30 年前の半分に
縮小し、「ゆとり教育」は残念ながら国是として実施中である。大学の卒業単位数も
30 年前の四分の三、学習時間は米国の半分である。また大学入試科目も削減され、数学を
課せられず経済学科に物理・化学はもちろん生物を履修せずバイオ系学科の入学を
許可されてしまう状況である。教材もデフレスパイラルの真最中である。
その一例として教科書の厚さが極端に薄くなっている。米国で使用されている大学初学年
の教科書は B5 版相当で千頁前後、価格は 1 万円を超える。一方、日本の大学教科書は
さらに小さい A5 版 2 百頁、3 千円以内が多数を占めている。
これも 30 年前の大学教科書の半分以下である。ある出版社の社長が「今の大学生は 3 千円
を超えた教科書は買おうともしない。欧米のようなカラー刷りの良心的な教科書を作りたい
気持ちはあるが、学生だけでなく教授からも相手にされない」と嘆いていた。
次に教員の問題に移ろう。ゆとり教育で学校が完全週休 2 日制になり、当然先生と生徒が
接触する時間が減ることになる。ノーベル賞を受賞した小柴さんも田中さんも科学への興味の
きっかけは小・中学校時代における理科の先生による個人的な薫陶が大きかったと述べている。
先生の教育への影響力は計り知れない。
ある時担任の先生が家庭訪問に来られ、「お子さんは可も不可もない生徒です」と愚息を
評価されたとき、先生もそこまで来たかと嘆息したものである。
「社会が豊かになった、家庭環境が変わった、文科省の誤った教育行政だ」と理由は
いくらでも数えられる。
しかし教育デフレスパイラルの主原因は、私生活や研究のみを優先し、教育の負担や責任を
回避し、人を教育する職業に誇りを持てない教員が多くなったことだと考えている。