早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
バブル崩壊前後から,企業では成果・能力・実力主義が謳われ,任期制・転職・リストラ・早期退職など会社を移ることが好ましいとの風潮さえある.その結果,日本を土台で支える産業が「終身雇用・年功序列を頑なに守っている時代遅れの会社」と評価され,新興ハイテク企業の株価総額を下回ることさえある.
私が企業にいた十数年前,研究所の人事評価を特許・論文数,社内・社外表彰件数,会社への利益貢献度等々に重みをつけ,これを合算し点数化したことがある.ところが本格的に実施されると,本社や事業部から研究所へ猛烈なクレームが飛んできた.「特許や論文ばかり書いて事業部の困っている課題に協力しない」「点数ばかり追い求めて仕事にバランスを欠いている」など散々批判され数年で廃止された.
多くの大学は今でも対極の終身雇用・年功制である.「働いても働かなくても給与と地位は保証される不公平な制度」とみなされている.しかし,私の体験では事実はやや異なる.給与や地位にあぐらをかいている教員は少数である.むしろそれが保証されるがゆえに,失敗する可能性の高い困難な研究開発にも挑戦できるし,学部長や総長にも臆せず自分の意見をいえる.一方,企業で大胆な技術や事業を興した結果,志を果たせず地位と給与を失ったエンジニアの事例を多く見てきた.私も家族の顔を思い浮かべると無難な道を選択してしまうこともあった.
今は,若者中心に成果主義を礼賛する雰囲気があるが「ものづくり」では技術の蓄積・伝承を重視した戦略と長期的な人材育成が必須である.転々と会社を渡り歩くことを前提とした成果主義はなじまない.大学も短期的成果を追う任期制や成果主義の導入を検討しているが,終身雇用や年功制の欠陥を上回る副作用があり,日本の基礎的な技術力を破壊することにもなりかねないと考えている.