早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
学生の就職を担当していると今まで見えなかったさまざまな動きが見えてくる.私の所属する学科は百年近く同じ名称のままで今日に至っている.それでも,あらゆる産業界から今でも求人が多く舞い込み,その対応で大わらわの毎日である.マスコミからサービス業,通信,電力,耐久消費材,生産材とその職種・分野を問わない.なぜなら本学科の基礎学問が生産技術(ものづくり)そのものだからだ.その代表例は自動車,重工・機械,電気・電子産業である.
一方,十数年前から,大学の多くの学科・専攻は例えば生命,バイオ,ナノテク,IT,環境などとその時代の先端的な名称に変更・改組してきた.OB のリクルータは「以前は機械,材料,電気,電子,土木と求人先が分かりやすかったのに,現在の名称ではどこに求人を出したらよいのか判からない」と嘆く.生命,バイオ,ナノテクを学んだ人材への求人要望は現在のところ大変少ない.先端産業は常に揺籃期の宿命にあり,一億人を養う産業にはならないのが常である.したがって就職シーズンになると企業も,学生も何事も無かったように,先端的名称と無縁な就職先を選んで巣立って行く.なんと不気味で,なんと無駄なことか.
研究はその時代の要請に応じて変遷するが,学問は百年単位の積み重ねが必要であり,その変化は研究に比べて遙かに遅い.学科や専攻名を受験生や文科省に媚びた研究分野の名称にコロコロ変える姿勢が根本的な間違いであると私は考えている.名称はやせ我慢をしてでも学問体系で名乗るべきである.新分野の研究は新しい専攻をあえて立ち上げなくとも複数の学科や専攻が一定期間,共同でプロジェクトを組むことで十分可能だし,またハードな組織を作るより柔軟でその時代の要請に対応できる.
就職担当をしてみて,何も知らない学生が先端分野を専攻したばかりに就職先に苦労している現実に,もっと愚直に教育と学問に専念すべきであると考えさせられた.