先日喫茶店で学生と卒論の進め方を議論しているときであった.「この材料はそのままでは弱いけれど,表面を小さな鋼球で雨あられのように叩くと,表面が硬くなるだけでなく圧縮の力が材料にたまり,金属疲労にも強くなる.普通の材料が高級な航空機や自動車部品に変身できる.おもしろいだろう」と話していたら,中年の女性が「会社の技術関係の方ですか? 昨日プロジェクトXでホンダのエンジンのことを放映していましたがおもしろかったですね.お仕事がんばってください」と話しかけてきた.
我々二人を企業の上司と部下と思ったのだろう.一般的に世間のエンジニアへの理解や評価は必ずしも十分ではない.早大でも「理工」よりも「政経」や「法」の文系に優秀な受験者が志願する傾向がある.テレビドラマに出てくる主人公は,会社社長,金融・トレーダー,医者・弁護士は多いが,「も
のづくりのエンジニア」に憧れ,格好いい俳優が演じることはまずない.
政治評論家や経済評論家は数多くおり,政治経済について毎日のようにマスコミを賑わしているが,科学・技術評論は滅多にマスコミに姿を現さない.したがってエンジニアの仕事の内容やその夢・やりがいなどはなかなか世間に理解されにくい.ところが最近,「プロジェクトX」や「ガイアの夜明け」,「ETV特集」などのテレビ番組でエンジニアの生々しい働きぶりを紹介する番組が増えてきたことは大変好ましい傾向である.
フランスや中国では理系出身者が国の政治・経済を動かしている.日本の行政も,ものづくりを体験したエンジニアや現場のものづくりを熟知した官僚がハンドリングすれば,毎年「先端技術」の言葉だけを追い求め予算化する愚を犯すこともなくなるだろう.われわれ理系出身者にも責任がある.「黙っていても良いモノは社会に理解される」との認識がある.これは甘い.自分の仕事を真っ当に評価されるよう積極的に社会に,マスコミに発信する努力が必要である.