10 年前,韓国ソウル市の三豊百貨店が突如崩壊し死者5 百名,負傷者1 千名を超す大惨事が起きた.粗悪なコンクリートおよび改築時に中央部分の四本の柱が取り除かれたのが原因であった.
そのとき建築・土木系の教員から「最近は日本も誰もがデザインをやりたがり構造を専門に勉強する学生が少なくて困っている.日本の建物も韓国のような事故がそのうち起こるかもしれない」と嘆かれたことを想い出した.
今回の耐震強度の偽装問題は図面と照らしあえば,基本的なミスはコンピュータに頼らずとも判断できたはずだ.例えば,材料の力学を学んだ学生だったら,材料の直径を小さくすればその2乗,3 乗で安全強度が失われることを知っている.すなわち径が半分になれば支柱の耐荷重は4 分の1,横はりの強度は8 分の1に減少する.その判断力がエンジニアのエンジニアたる所以である.今回の事故はよくありがちなデザインやコンピュータにたよりすぎ,本質を見抜けなかったことが大きな原因である.
さらにもう一つの社会的背景がある.大学の学科は学生の志望で人気が決まり,研究もそのときの時流に左右される.一級建築士は約27 万人,意匠系が大部分で構造を専門とする建築士は1万人,実際に構造を担当できるのはわずかその4 分の1 といわれている.意匠・デザイン系に学生の人気が集中し,複雑な数式を扱う力学や鉄筋・コンクリートのきつい実験を扱う構造系の研究室が敬遠される.さらに昨今では文系の学生にも建築系に受け入れる道も開かれはじめている.この傾向は,意匠系の建築士が社会的に優遇され,構造系は意匠系の下請けとなる実体を学生が敏感に感じ取っているのだろう.
しかし,例えそのような状況であっても「嘘はつかない」「人に迷惑はかけない」「悪いことはお天道様が見ている」が人の道の基本であり,この“たが”が緩んだ社会に日本もついに突入してしまった衝撃の方が私には大きい.