大学間の学術交流と日系企業の視察が目的でこの冬休みを利用してタイ国を訪問した.ここでは自動車産業がこの数年間に年率30%の伸びを示し,今では年産100 万台規模に発展している.タイ国政府もバンコク周辺を東洋のデトロイトと位置づけており,積極的に外国企業を誘致している.
自動車産業を発展途上国で展開する方法としては,部品を輸入し現地で組立てる方法と,部品産業を含めて全てを現地で生産する方法がある.欧米諸国はほとんどが部品を母国から輸入し組立てる方式をとっている.一方トヨタやホンダなどの日系企業は,上流の部品産業と一緒に進出しており,価格競争力のみならず現地の雇用や地域発展などで日系企業グループは多大な貢献をしている.
さて,その上流の部品を造る素材はどうなっているのであろうか?「タイにも素材産業はあるが,自動車には全く使えない.日本から取り寄せる素材の価格は高いが品質,機能,高信頼性を考えれば結局安くつく」という答えが返ってきた.例えば自動車用,電子・デジタル機器用ベアリングの素材はほとんど日本の鉄鋼製品を取り寄せている.一定の品質で,表面の欠陥が格段に少なく,かつ部品の寿命も数十倍になる.欧米から自動車の技術を導入した昭和30 年代,日本の技術者は歯を食いしばって国産の材料・部品を日本で生産することにこだわった.それが今の日本の繁栄に繋がった.
ロケット・航空機や自動車の故障・事故も突き詰めれば材料の欠陥やその機能不足に結びつく.素材は先進諸国や中国との競争から断トツに勝ち抜く重要な技術である.しかしそれとは裏腹に,最近は材料関連学科への若者の志望率が極めて悪く,他の学科への吸収や廃止が増えて来ている.
日本の足腰を当たり前のように支えてきた「ものづくりを支える素材技術」がじわりじわりと弱体化していることに,警鐘を鳴らしながら教育研究している毎日である.