現在大学は2006 年問題で頭を痛めていることをご存じであろうか.平成11 年度の文部省学習指導要領の改訂,平成15 年度からの実施により,高校の学習内容が大幅に削減された結果,例えば数学では大学教育に必須な行列,複素数平面,平面幾何が大幅に簡略化され,微積分に至っては簡単な二次式程度に制限されてしまった.
高等教育の最後の砦が大学であり,削減された教育のしわ寄せが2006 年度新入生から津波のように押し寄せてくるのである.そのため,大学では今その補講や授業科目改訂準備に,大わらわなのである.予備校の講師を招聘せざるを得ないとする案も出ているほどである.文科省は世界の水準を下回る共通試験結果や,世間から沸き起こった非難により「指導要領は下限値であり上乗せができる,土曜日の授業も学校の自主性に任せる」などと実質的な方針転換をした.だが水の流れのように一端下限に目標を設定したらどっと易きにつくのが人の常である.育ち盛りの若いときには確固たる信念を持って,「読み書きそろばん」である基礎教育を徹底化しなければ,社会で実力を発揮する機会と道具を失ってしまう.
歌舞伎俳優の六代目尾上菊五郎の語録に「一部の先生が弟子に向かって心で演技しろという.しかし必要最低限の技術を体得しない段階で心の演技などできるわけがない.多くの技術を一つ一つ丹念に確実に身につけ,きちんと演技すれば,それ相応の芸を表現できるものだ」とある.写真家土門拳は「感動的な写真は永年練り上げた基本的撮影技術を的確に駆使することにより,高度化され深遠なものになる」と述べている.
いろはも基礎もわからないうちから,生きる力が大切と銘打ってゆとり教育を推進した罪はあまりにも重い.基礎教育は地味であり教員に大変な労力を必要とする.私も「ゆとり教育」の誘惑に負けないよう日々自戒しなければならない.