近頃、学校給食費の滞納が多くなったと聞いて、いよいよ「私 が経験したあの昭和30年代の貧しさの再来か?」と一瞬頭をよぎり、当時小学生であった頃を想い出した。家が貧しく、給食費を払い込む時期になると決まって学校を休んでしまう仲間がいた。その頃の貧乏は、今では想像を絶する極貧である。今にも崩れかけるようなあばら屋で、割れたガラスは板張りで埋め、部屋は昼間でも暗い。本人は何日も風呂に入っていないため、肌は垢で汚れ、衣服もみすぼらしく、教科書代や遠足の費用も払えるはずがないことは小学生でもすぐにわかる。家が近くの私が「給食代はいいから学校に来なさいって先生が言ってたよ」と迎えに行くことがしばしばであった。ところが、最近の給食費滞納は払えないのではなく、払わない。 払いたくない親が多くなったことが実情との報告を聞いて愕然とした。未納の親からは「給食費を払わなくとも、給食費を止められたことはない」、「学校が勝手に給食を提供している」などの答えが返ってきたそうだ。
かつて、私の息子が「年金を払っても、自分に見返りがないので支払いをやめたい」と言うので、私は「年金を支払うのは国民の義務。義務を果たせないのなら、今後一切日本国に世話にならず、文句も言うな」と叱ったことがある。 夫を戦争でなくした私の母は「私より貧しい人は沢山いる。税金を払うことは私のささやかな誇り」と、決して生活保護を受けなかった。昭和30年代当時はそのような誇りが生き甲斐でもあった。貧しくとも人間の誇り,規範、家族のふれ合いの大切さを描き、映画賞を総なめした「ALWAYS 三丁目の夕日」を、社会規 範意識が希薄となり、反比例して権利意識が濃厚となった今の若い人やその親の世代に是非見てもらいと思っている。給食費を「払えない」と「払わない」の違いはたった一字だが、気が遠くなるほどの意識の差がある。