私の研究は「塑性加工学」である。世間になじみが薄く、一般紙に記事として掲載されることはほとんどない。地方で学会を開催したとき「蘇生学会」と会場の看板に書かれ苦笑したことがある。塑性加工は鉄鋼・金属、重工、自動車、航空機などの部品を、削り屑無しに低コストで強靱化する技術で「ものづくり」の基盤 を支えている。そのため私の研究室には大企業だけでなく大田区や葛飾区にある中小・零細企業から研究依頼が舞い込む。大企業 でも年間百万円、中小・零細企業から五十万円ほどの研究費を頂けるのがやっとである。キーワードがいわゆる先端研究からほど遠い圧延・金型・鍛 造・プレスなどのため文科省の科研費がなかなか当たらない。科研費取得に長けている先生からのご指南を受け「環境」「ナノテク」「先進材料」「デジタル化」など,気恥ずかしくなる用語をちりばめたところ、かろうじて数百万円の科研費を射止めることができた。研究費が少ないと、研究者は大学の工作機械を動かし工夫しながら手作りで市価の十分の一ほどの実験道具を組み立てるようになる。この過程で研究者の研究・教育効果も得られ一挙両得である。一方、研究費が潤沢過ぎると、研究者はメーカに機械を直接発注・購入し、出来合いの装置を操作するだけになりがちである。数年前から科学技術研究予算は、重点分野に毎年数兆円単位で配分されるようになった。研究者のモラルが大切なことは論を待たないが、特定の研究者にすぐには使い切れないほどの研究費が集中豪雨のように配分されたことも不正流用の一因である。
ところで、最近チョット憂鬱なことがある。バブル経済後の日本の低迷を国が反省し「やはり日本はものづくりが大切」と軌道 修正、私の専門分野に近い「金型,鍛造,プレス」などに研究費が重点配分されはじめたのだ。この分野は少額でも良いから、永続的にこつこつ継続することこそが大切で重点配分はなじまない。