ものづくりの土台が根底から揺らいでいる.ものづくり企業は円高,世界
経済の混迷にあるにもかかわらず,追い打ちをかけるように基礎学力を欠いた
若い大卒社員の再教育に頭を抱えている.余力のある企業は,もう日本の教育
機関には期待しないとばかりに,製図や工作実習などの実技教育だけでなく,
自ら「流体力学」,「熱力学」,「材料力学」や「機械力学(メカニックス)」
などの4力学,「機械材料」などの主要基礎科目まで再教育し始めている.
学会でも「やり直し○○講座」「基礎かえら学ぶ△△学」などが繁盛している.
足下を見つめ直さないと,ますます「ゆるゆる」の日本になってしまうと危惧
している.昭和 50 年に出題された「材料の力学」の問題を,数年前同じ学年
の現役学生に出題してみた.その結果は,昭和 50 年当時の平均点の半分以下
という惨憺たる成績であった.確実に力は落ちている.
大学は最も「ゆとった」ゆとり教育の真っ直中の世代を迎えている.
この世代は現在 50 歳代以上と比べると小中高の授業時間がほぼ半分である.
文字通り,「量は質を変える」のである.文科省では COE や科研費などの
研究資金や博士課程重点化施策で大学間を競わせ有力大学を,より先端研究
志向を強めた大学とする方針を堅持しているが,学部基礎教育が危機的状況に
あるとの認識と,その施策が全く不足している.一方,産業会は従来の改良
技術では世界で競争力を発揮できず,物理・化学の根元まで遡った根元的な
技術開発に迫られている.
この両者のギャップの狭間でもがいているのが今の大学とみてよい.最近の
工学系大学では PBL(Project Based Learning)と称するプロジェクト
創出型の教育に注目が集まっている.通常学習では基礎を教えてから応用
教育をする.しかし欧米での新しい試みに「考えるプロセスこそが大事」とし,
まずプロジェクトを体験させてから,基礎教育に戻る教育システムが紹介され,
日本でも導入されつつある.歌舞伎俳優の六代目尾上菊五郎の語録に
「一部の先生が弟子に向かって心で演技しろという.しかし必要最低限の
技術を体得しない段階で心の演技などできるわけがない.多くの技術を一つ
一つ丹念に確実に身につけ,きちんと演技すれば,それ相応の芸を表現できる
ものだ」とある.
芸術・スポーツ・技術どの分野でも,まず重視すべきは基礎教育なのである.