民放のテレビ取材に応じた.大学の広報から「ワイヤー技術で取材の申し込みが
あるので受けてもらえるか」との要請があったのが事の発端である.
この番組は若者にも人気があり,視聴率も高いという.小職の専門分野であり
気軽に応じた.それが間違いのもとであった.
ワイヤーに関しては一般の方々は知っているようで知らない.
例えばコレステロールなどが沈着し狭くなった冠動脈にφ0.3mm ほどの
ステンレス製ガイドワイヤーが使用されるが,その製法が極めて難しい.
外科医が手元で 90 度回転させたら血管内の先端も同時に 90 度回転する
伝達特性と復元性が要求される.太陽電池や LED に用いられるシリコン
ウエハーやサファイア材のスライス加工に不可欠な切断用工具にはφ0.2 mm
の高炭素鋼線のソーワイヤーが多く使用されている.細く強いほどスライス材
の歩留まりは向上する.長大橋のメインケーブルには亜鉛めっきされた高炭素
鋼線が用いられる.これらは楽器のピアノに使われる鋼線「ピアノ線」から
発展した技術である.近年では,赤ちゃんの髪の毛のほどの 20μm の各種材料の
電子・精密機械用極細線の製造が可能になってきている.
以上,伝えたいことは山ほどあるので2時間以上かけて研究室で話をした.
しかし,若いディレクターは私の話にはやや上の空の様子で,「・・・はすごい!」
「・・・この技術は世界最高です!」と言ってくれませんか?と要求してきた.
既にシナリオがあり,それに「あー・・・」とか「スー・・・」とかを感嘆詞で
補強するために私を利用していることに気がついた.
あまりの馬鹿々々しさに,早々と打ち切って帰ってもらった.
実際の放映で私が写っていたのは1分ほど,大部分の重要な説明はカットされ
「あー・・・」とか「スー・・・」とかの感嘆詞のみが抜き取られていた.
日頃,科学技術番組をわかりやすく解説する理工系出身の記者がもっと活躍し,
若者に科学・技術の面白さを語ってほしいとの私の願いは「ずたずた」に
なった一日であった.